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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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43.お茶会の準備

 ソフィアはうんざりした様子でレイシーの元に避難してきた。

 レイシーはシリルを気にしている。


「あの方、とてもしつこいのです。わたくしと踊りたいと仰って……」

「あの方はアレクサンテリ陛下の側近だそうですよ」

「そのようですね。わたくしよりも十歳も年が上だと伺いました」


 確かソフィアは十七歳で、シリルは二十七歳だっただろう。

 シリルには婚約者がいたのだが、病弱で結婚前に亡くなっている。それ以後婚約者は持たない、結婚はしないと宣言していたので、シリルもわたしと同じく亡くなった相手を忘れられないのかと思っていた。

 それなのに、ソフィアと話したいとわたしとレイシーに訴えかけてくる。


「皇帝陛下、妃殿下、ソフィア嬢を紹介してください」

「シリル、しつこい男は嫌われるぞ?」

「皇帝陛下に言われたくないですね。皇帝陛下も相当妃殿下を手に入れるために、妃殿下の婚約者に……」

「シリル、口が軽いのもそなたのよくないところだな」


 わたしがレイシーの元婚約者であるレナンがレイシーと婚約破棄するように手を回したということは、レイシーには絶対に内緒である。

 「黙っていろ」と視線で言えば、シリルの方は「それならばソフィア嬢を紹介してほしい」と視線で言ってくる。


「ソフィア嬢、わたしと踊ってはくれないのですか?」

「伯爵家となりましたが、我が家は田舎の貴族です。皇宮にお勤めになっているような侯爵家のご令息とは釣り合いません。しかも、皇帝陛下の側近なのでしょう?」

「一曲踊るくらいいいのではないですか? ソフィア嬢が望むのならば、わたしは全ての地位を投げ打っても構わないと思っています」

「今日出会った相手によくそこまで言えますね。理解できません」

「わたしは運命を感じたのです」


 運命。

 代々真紅の瞳を持つ皇帝は生涯に一人の相手しか愛さないと言われているが、それを運命の相手とわたしは思っていた。わたしにとってはセシルであり、今はレイシーである。セシルと同じ青い蔦模様の刺繍と星のデザインの玉留めがきっかけだったが、レイシーのことは今はセシルとは切り離しているし、レイシーを愛しているとはっきりと自覚している。

 セシルへの想いも偽物だったわけではない。それを過去にできるくらいレイシーのことを愛せただけなのだ。


 シリルも亡くなった婚約者を過去にできるくらいソフィアのことを想っているのだろうか。


 ソフィアが無事にシリルから逃れられたので、わたしとレイシーは席に戻った。

 玉座に座るわたしに、レイシーが小声で聞いてくる。


「シリル様とはどのような方なのですか?」

「レイシーが他の男性に興味を持つのは妬けるな」

「そういう意味ではありません。ソフィアのことを気にしているようなので、姉としてきちんと調査しないとと思ったのです」


 シリルも独身男性なので一応牽制しておくと、レイシーはそうではないと言葉を紡ぐ。

 それならばレイシーの疑問にわたしは答える。


「シリルは侯爵家の次男だが、幼いころから約束していた婚約者を十年前に亡くしている。それから結婚も婚約も拒んでいたが、ソフィアに興味を持ったようだな」

「婚約者を亡くされているのですか。それで結婚も婚約も拒んでいたのに、ソフィアに運命を感じた……」


 セシルを亡くしてから婚約も結婚も拒んでいたわたしが、レイシーに運命を感じたように、シリルにも何か理由があるのだろうか。

 ソフィアはレイシーの妹でわたしにとっても家族であるし、シリルはわたしにとっては幼馴染なのでわたしも気になっていた。レイシーも気になって仕方がないという顔をしている。


「シリルと話してみるか? レイシーはソフィアが心配でならないという顔をしている」

「話してみたいです」


 レイシーのためにも、ソフィアのためにも、シリルのためにも、シリルと話し合う場が必要だった。

 日付が変わってしばらくしたころに、パーティーはお開きになった。

 わたしは疲れているだろうレイシーをエスコートして皇帝宮に戻る。

 夕食は食べられなかったが、今の時間に食べるのは健康によくないだろう。

 レイシーを部屋に送った後、わたしはシリルとソフィアに手紙を書いていた。二人には明日、皇宮本殿のお茶室でお茶会を開くので招待することを書いた。

 レイシーには翌日の朝にそのことを伝えた。


「ソフィアとシリルを呼んでお茶会をしようと思うのだが、どうだろう?」

「シリル様とお茶会ですか?」

「レイシーはシリルのことが知りたいのだろう? 多分、ソフィアも同じことを考えていると思う。二人で話してみればいい」


 朝食の席でレイシーに提案すると、レイシーが明らかにシリルを警戒している表情になる。シリルに関して、わたしは幼馴染として幼いころから一緒だったので一応弁解しておいてやった。


「幼いころから知っている身として、一応庇っておくが、シリルは一途で真面目で悪い奴ではないよ」

「陰で女遊びが激しいとかいうことはありませんか?」

「それはない。女遊びをするほど暇ではないよ」


 シリルは側近としても真面目なので、執務が振り分けられる前でもわたしが執務をしている時間は執務室から出なかった。少しの執務でもあればすぐに対応したし、わたしが執務を振り分けるのをずっと待っていた。

 レイシーが来るまでは、執務しかわたしの生きる意味はないと思い詰めて、わたしは早朝から夜まで執務室にこもって暮らしていたようなものだから、側近のシリルが女遊びをするような時間はない。

 それだけは確かだった。

 その話をすれば、レイシーが何かを言いたそうにしている。


 女遊びの件だろうか。

 言いにくいこともわたしとレイシーは夫婦になるのだから、なんでも言い合える仲でいたかった。


「レイシー、何か聞きたいことがあるのかな? 何でも話してくれる? わたしたちは夫婦になるのだからね」


 促すと、レイシーはかなり悩んだ後に口を開いた。


「アレクサンテリ陛下は、その……経験がおありですか?」

「ないよ。興味がなかったからね」

「ない!? 全くないのですか?」

「不安にならなくていいよ、レイシー。女性とどんなことをするのかの知識はある。経験がなくても、最初は誰でも初めてだから恥じることではないし、わたしは心から愛した相手としかそういうことはしたくないと思っているから、今まで経験がなかったことに関して何も思ってはいないよ」


 聞きたかったことはそういうことかと理解して、わたしはレイシーに誠実に事実を伝える。

 知識として教えてはもらったが、わたしはそういう経験はない。

 貴族の男性は一定年齢になると実践でそういうことを学んでいた時期もあるのだが、それも時代遅れとなっている。

 強要されようと、わたしはそういうことに応じるつもりはなかった。


「それでは、本当にアレクサンテリ陛下は、子作りを求められたことがなかったということですか?」

「それは常に求められていたけれど、応じなかったというのが正解かな。レイシー、考えてみてほしい。愛してもいない相手にそういうことができると思う?」


 寝室に薄着の女性が入ってきて触れられただけで、わたしは嘔吐してしまったのだ。そういうことが愛していない相手とできるわけがない。

 それをレイシーには理解してほしかった。


「レイシーはどうなのかな?」

「わたくしは、もちろん、経験はありません」


 レイシーに経験がないであろうことは予測していたが、お互いに潔白を示すようにわたしはレイシーに問いかけた。レイシーの答えは予想通りだった。


「口付けも、アレクサンテリ陛下が初めてです」

「わたしもレイシーが初めてだった」

「え!? アレクサンテリ陛下もですか!?」


 家族から頬に口付けされたことはあるが、唇にはない。


「頬に口付けは除外していいよね。唇に口付けたのはレイシーが初めてだよ」


 レイシーにそのことを言えば、とても驚いている様子だった。


「皇帝になる直前に、わたしの寝室に薄着の令嬢が忍び込んだことがあった。わたしはその令嬢に触れられただけで吐き気がして、嘔吐してしまうくらいで、愛する相手以外に触れられないのだ」

「そうだったのですね」


 わたしが不能だと噂されるようになった過去のことを伝えれば、レイシーは納得していた。


「それでは、お茶の時間はソフィアとシリル様とご一緒しましょう」

「そのようにしよう」


 お茶会の話はまとまって、わたしはレイシーに「行ってきます」を言って、皇宮本殿の執務室に向かった。

 執務室ではユリウス、シリル、テオが揃っていた。


「シリル、昨日のことだが、本気なのか?」

「わたしが冗談を言うような男に見えますか?」

「ソフィアはレイシーの妹で、わたしにとっても家族のようなものだ。適当な気持ちでは許すことはできない」

「わたしの気持ちはお茶会で妃殿下とソフィア嬢の前でお伝えします」


 淡々と答えて執務に向かうシリルに、わたしは不思議な感覚を覚えていた。

 婚約者を失ったシリルと、セシルを失ったわたしが重なって感じられる。結婚も婚約もしないと宣言していたのも同じだ。

 それを覆す何かがあったのか。

 シリルの胸中が知りたかった。


 執務を終えて皇帝宮にレイシーを迎えに戻ると、レイシーは玄関ホールに来ていなかった。侍女に聞けばピアノの練習中ということで、わたしは音楽室に向かった。

 音楽室ではレイシーがピアノを弾きながら歌っていた。

 わたしに気付くとすぐに立ち上がろうとするレイシーに、わたしはリクエストをする。


「レイシー、時間があるから、一曲何か弾いてくれないかな? レイシーの演奏を聞きたい」

「それでは、弾かせていただきます」


 レイシーのピアノも歌もわたしの心を和ませる。

 演奏を頼むとレイシーは快く了承してくれて、少し前までは自己流だったと思えない見事な演奏を披露してくれる。

 演奏が終わるとわたしはレイシーに拍手を送った。


「ピアノが上達したね、レイシー」

「本当はもっと色々な楽器ができた方がいいと分かっていますが、わたくしにはこれが精一杯で」

「ピアノの他にレイシーは声楽もできるではないか。レイシーの歌声がわたしは好きだよ」

「ありがとうございます」


 お茶会の前に心和むひと時を持てて、わたしはリラックスしていた。

読んでいただきありがとうございました。

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