39.レイシーの作ったぬいぐるみと人形
セシルはわたしに白い犬のぬいぐるみを作ってくれた。
わたしはそのぬいぐるみをセシルが買って来てくれた積み木と合わせて遊んでいた。
「おねえちゃん、犬のお家ができたよ!」
家といえばセシルの家か、皇宮しか知らなかったわたしは、積み木を全部使ってぬいぐるみの家を囲う柵を作っていた。積み木は小さくて数が少なかったので足りなかったが、それは想像で補うことにする。
わたしが遊んでいるのを見ながら、セシルは縫物をしていた。
「大きなお家を作ったんだね」
「おねえちゃんとぼくも住めるようにね」
針仕事の手を止めて話しかけてくれるセシルに、わたしは嬉しくなってもっと話しかける。どれだけ中断させられても、セシルはわたしと話しながら縫物をしてくれた。
「その犬はガーネくんに似せて作ったんだよ」
この国の人形やぬいぐるみは、リアリティを求めているのか、かわいさがあまりないような気がする。
セシルが作るぬいぐるみはかわいくて、遊んでいてわくわくする。
セシルはもっとぬいぐるみを作って売ったら、儲けられるのにと思うと同時に、セシルのぬいぐるみをわたしが独占したい気持ちもわいてくる。
六歳のわたしは、セシルのことを考えながらも、幼稚な独占欲に駆られていた。
秋が深まってきて、わたしはジャケットの上に上着を着るようになっていた。
帰って来たわたしを玄関ホールで迎えてくれたレイシーがぬいぐるみと人形を持っているのにわたしは目を引かれた。そのぬいぐるみはセシルが作ってくれたものとよく似ていた。
この国のあまりかわいくないぬいぐるみに対して、そのぬいぐるみはデフォルメがしてあって、とてもかわいい。
「これはレイシーが作ったのかな? この人形はレイシーによく似ている。ぬいぐるみはわたしとレイシーかな?」
「はい、ディアン子爵家から型紙を作ってほしいと言われて試作品を作ってみました」
「素晴らしい出来だね。レイシーはもうお茶を済ませてしまった?」
「いいえ、作業に集中していたのでまだです」
「では、お茶のときにゆっくり見せてほしい。着替えてくるね」
ぬいぐるみに夢中になって挨拶を忘れていたわたしに、レイシーが声をかける。
「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
「ただいま、レイシー。そうだった、挨拶がまだだったね。レイシーに『おかえり』と言われるとわたしはとても嬉しいんだ。忘れないでくれてありがとう」
「わたくしも、アレクサンテリ陛下に『ただいま』と言われると嬉しいです」
――帰ってきたら『おかえりなさい』って言ってくれる?
――おかえりなさい?
――そう。その日が何事もなく終わった感謝の気持ちと、帰ってきて嬉しいって気持ちを込めてね。わたしは『ただいま』って言うからね。
――分かった。約束して。ぜったいに元気でかえってきてね?
セシルと交わした約束がレイシーとの間でも息づいている。そのことはわたしを安心させた。
お茶室でわたしはレイシーの作ったぬいぐるみと人形をじっくりと眺めた。
ぬいぐるみは二体あって、片方が黒い生地に紫色の目のウサギで、片方が白い生地に真紅の目の犬だった。
セシルもわたしに犬のぬいぐるみを作ってくれたが、レイシーはそれを意識してくれたのだろうか。
人形は黒髪に紫色の目のものが一体しかなかった。
「どっちもよくできている。レイシーがウサギで、わたしが犬なのがいいね。人形はわたしの分も作ってくれるのだろう?」
「もちろん作ります。衣装も時間がなくて間に合わせのものなので、婚約式の衣装を作りたいと思います。結婚式の衣装は出来上がったら、それに合わせて作ります」
「小さなわたしたちが婚約式と結婚式の思い出を永遠に残しておける……。そうだ、レイシー、結婚式と婚約式の衣装を同時に見たいから、ぬいぐるみの方は結婚式の衣装で、人形の方は婚約式の衣装にしたらどうだろう」
「それはいい考えですね。どちらも同時に見られるのはいいアイデアです」
わたしが思い付いたことを言えば、レイシーが頷いてから、ちょっと複雑そうな表情になる。
皇帝と皇后の結婚衣装を着せたぬいぐるみや人形は売れるだろうし、自分たちの結婚式の記念の衣装を着せたぬいぐるみも流行るだろう。
けれど、レイシーの思惑とはそれは少しずれていたようだ。
「でも、これではターゲットが貴族中心になってしまうでしょうか」
レイシーが庶民の子どもたちにも人形やぬいぐるみが行き渡ってほしいと思っている。それならば、わたしは「ガーネ」だったころの記憶を総動員させる。
六歳だったが、わたしはぬいぐるみをよく汚してしまった。乱暴に扱ったつもりはないのに、うっかりと引っかけて破いてしまったこともある。そういうとき、セシルは丁寧にぬいぐるみを洗ってくれたし、破れたところを縫ってくれた。
汚れたり、破けたりするたびに、わたしは悲しくて泣いてしまったが、セシルは「大丈夫よ」と笑って何度も洗って、繕ってくれた。
「貴族用と庶民用で少し趣向を変えたらどうかな? 庶民には手が届きやすいような布地で作るとか。その方が洗いやすいんじゃないかな」
「そうでした。子どもが使うのだったら洗うことを考えなければいけませんでした」
貴族たちは飾って人形やぬいぐるみを汚すことはないかもしれないが、子どもだったら当然汚すことを考えなければいけない。貴族には高価な生地で、子どもたちには安価で丈夫で洗いやすい生地でという発想はレイシーに響いたようだった。
「壊れたときの修理も請け負うのはどうでしょう? 子どもたちは人形をよく壊してしまうものです」
「それもいいと思うよ。アフターケアまで万全だったら更に売れ行きがよくなるだろうね。きっとすぐにこの事業は投資した金額は返せると思うよ」
意欲的に意見するレイシーに、わたしは頷いて賛成する。
すると、レイシーはディアン子爵家からの手紙の内容を教えてくれた。
「実は、両親は今ある工場をそのまま使おうとしているのです。人間の衣装を作る店はたくさんありますが、人形やぬいぐるみ、それにその衣装を作る店はほとんどありませんから」
「それならば、わたしが投資しなくても大丈夫そうだね」
「そうなのです。ディアン子爵家はこの事業に賭けることにしたのです」
ディアン子爵家がこの事業に賭けるというのならば、わたしも協力しないわけにはいかない。
どうすればこのぬいぐるみと人形の宣伝をできるだろう。
とりあえずは、わたしが愛用しているというところを見せればいいだろうか。
「それならば、宣伝はしっかりしないとね。レイシー、そのぬいぐるみたちをわたしに貸してくれるかな?」
「どうするんですか?」
「わたしの執務室の机の上に飾るよ。結婚式の日も会場に飾ろう。きっと貴族たちの注目の的になる」
まずはぬいぐるみを執務室の机の上に飾って、仕事一筋だったわたしが、妃候補であるレイシーの作っているぬいぐるみに入れ込んでいることを示す。結婚式の日には、会場に飾れば、更に人形とぬいぐるみの需要は高まるだろう。
わたしの提案に、レイシーは喜んで賛成してくれた。
「ぬいぐるみはこのぬいぐるみを基準として、人形はこの人形を基準として、衣装の規格を統一します。そのことによって、お針子たちは作業がしやすくなるし、色んな衣装展開ができます」
「レイシーは商人なんだね」
「ディアン子爵家は元は商家なのです。わたくしにも商人の魂が宿っていると信じています」
素晴らしい提案をするレイシーに感心していると、レイシーが小さな拳を握り締めて力を込めている。商人として優秀なだけでなく、レイシーは統治者としても教育を受けてきている。
自分の領地の領民がどうすれば豊かになるかを一番に考える頭脳を持っている。
それは皇后にとっても大事なことだった。
国民がどうすれば豊かになっていくかを皇帝も皇后も常に考えなければいけない。それを思えば、レイシーに庶民的な感覚があることは、歓迎すべき要素だった。
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