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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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34.レイシーとの夜の語らい

 夕食もディアン子爵夫妻とソフィアと一緒にとったが、和やかに過ごせた。

 夕食後、レイシーはソフィアと二人で話をしたがっていたので、わたしは自分の部屋で寛いでいた。

 酒やつまみを侍女に用意させようとすると、部屋に来ていたテオがわたしに囁く。


「皇帝陛下のお部屋は、妃殿下のお部屋とベランダで繋がっております。今日は天気がいいようですし、ベランダで飲まれてはいかがですか?」

「それも悪くないな」


 レイシーの気配を感じながら飲むのも悪くない。

 わたしは特にアルコールが好きなわけではなかったが、レイシーと初めて口付けをしたときに一緒に飲んでいた葡萄酒だけは美味しいと感じるようになっていた。


 セシルと暮らしていたときに、わたしはセシルに膝枕をしてもらうことがあった。

 昼食後に満腹になると、わたしは年齢的なものかどうしても眠くなってしまう。それでも、外にほとんど出ていないので運動不足で疲れていないために、寝付けないわたしに、セシルは膝枕をして髪を撫でてくれたのだ。

 そうすると気持ちが落ち着いてすっと眠りに落ちることができた。

 その日もセシルに膝枕をしてもらっていた。


「お話しして」

「何のお話がいい?」

「おねえちゃんの小さなころの話」


 膝枕をされると、わたしは眠るまでにセシルに話をねだることがあった。

 特にセシルの小さいころの話は、わたしにとって興味深かった。


「わたしは六歳から十二歳まで村の学校に通っていたの」


 セシルがわたしに話し出す。

 この国には六歳から十二歳までの子どもは全員学校に通うようにという義務教育期間があって、それは法律で定められていた。十二歳になって学校を卒業すると、平民の子どもたちは働き出すのだが、それも早すぎるとわたしは今では思っている。

 その制度もいずれは変えていかなければいけない。

 セシルは六歳のわたしに話し続けた。


「十二歳で学校を卒業した後、先生はわたしを町の仕立て屋に紹介してくれるって言ったんだけど、両親が反対したのよ」

「どうして?」

「女の子が一人で町に行くのは危ないって。女の子は働くのではなくて結婚して幸せになるのがいいんだって。それまでは家の仕事を手伝っていなさいって言われたわ」


 セシルが果たせなかったお針子になる夢。

 それを阻んだのが、この国の常識となっている、女性は働くよりも結婚する方が幸せになれるという考えだった。

 そのときのわたしは小さくて、まだよく分かっていなかったが、セシルがその常識に抗おうとしているのは感じていた。


「おねえちゃん、だれかとけっこんするの?」

「多分ね」


 結婚に関して消極的なセシルが、嫌そうに言うのにわたしは耐えられなかった。


「ぼくがけっこんしてあげる」

「え?」

「ぼくがおねえちゃんとけっこんする」


 わたしと結婚すればセシルはこの息苦しい女性を縛る社会から解放されるのではないか。わたしはセシルがお針子になって働くことを反対するはずがなく、むしろ、応援する立場だった。

 セシルを自由にしたい。

 そう思ううちに、わたしは眠ってしまって、セシルの返事を聞けなかった。


 ベランダに葡萄酒とつまみを用意させて、セシルのことを思い出しながら湖を渡る風に吹かれながらちびちびと飲んでいると、レイシーの声が聞こえた。


「アレクサンテリ陛下?」

「レイシーではないか。こんな時間にどうしたのかな?」


 いつの間にか時刻は深夜にさしかかっていた。

 ソフィアと話していたレイシーは話し終えて、ベランダに出てきたようだ。


「アレクサンテリ陛下のお顔を見たかったのですが、この時間にお部屋を訪ねるのは失礼かと思って、ベランダに出て夜の湖を見ようと思っていました」

「少し冷えるようだね。こちらへどうぞ」


 レイシーのために隣の椅子を示して、レイシーが座ると、侍女にひざ掛けを持って来させて、わたしはレイシーの膝にかけた。


「アレクサンテリ陛下はどうなさったんですか?」

「わたしも夜の湖を見たくてベランダに出たんだ。静かで心地よかったので、ここで酒を飲んでいた」

「アレクサンテリ陛下はお酒がお好きなのですか?」

「好きか嫌いかで言えば好きだが、晩餐会で飲まされるのは好きではないね。静かに自分の部屋で飲むのが好きかな」

「わたくしがご一緒してもお邪魔じゃないですか?」

「レイシーが一緒にいてくれると嬉しいよ」


 酒を飲むと色んなことが忘れられるので嫌いではなかったが、そんなことをレイシーには言えない。それに、レイシーと出会ってからは酒を自暴自棄に飲むことは辞めていた。

 レイシーのために果実水を持って来させると、レイシーはちびちびとそれを飲んでいた。


「さっきまでソフィアが部屋に来ていたのです。アレクサンテリ陛下のおかげで、ソフィアとゆっくり話すことができました」

「それはよかった。ソフィアとレイシーは仲のいい姉妹だからね。ソフィアはわたしにレイシーを取られたような気分になっているのかもしれないと思っていたよ」

「そうかもしれません。ソフィアの態度、不敬でしたでしょう?」

「気にしていないよ。ソフィアがわたしにレイシーを安心して預けられるように努力していこうと思っていた。わたしがソフィアの立場でも、姉の結婚相手というのは気になるものだろうしね」


 レイシーはソフィアの態度が気になっているようだが、最終的にはソフィアはわたしを認めてくれたし、家族となるのだからそんなことは気にならない。ソフィアが安心してわたしにレイシーを預けてくれるように努力する方が大事だと感じていた。

 その答えに微笑むレイシーに腕を伸ばしてわたしは肩を抱く。引き寄せると、レイシーがじっとわたしを見つめているのを感じる。


「レイシー、わたしを愛している?」

「はい、愛しています」

「わたしも愛しているよ」


 レイシーの前髪を掻き上げて、額に口付ける。

 これは怖い夢を見たときにセシルがしてくれたおまじないだった。

 レイシーに安らかな眠りが訪れるように祈りつつ、額に口付けると、レイシーは顔を赤くしているようだった。


「これ以上は歯止めがきかなくなってしまう。おやすみ、レイシー」


 立ち上がってレイシーを開放すると、レイシーもひざ掛けを畳みながら立ち上がる。


「おやすみなさいませ、アレクサンテリ陛下」


 レイシーと挨拶を交わして、わたしは部屋に戻った。

 ベッドに腰かけて、一人呟く。


「わたしは幸せになってもいいのだろうか、セシル?」


 わたしの問いかけに答える者はいない。

 セシルが過去になったとしても、わたしに根付く罪悪感が完全に消えたわけではなかったようだ。


 翌日、朝食後にディアン子爵夫妻とソフィアは皇宮の用意した馬車に乗って帰って行った。

 わたしとレイシーは玄関の外に出て馬車を見送った。


「おかげで両親ともソフィアともゆっくりとした時間が持てました。ありがとうございます」

「レイシーが望むなら、もっとこんな時間を持っても構わない」

「それもいいですね。でも、わたくしは皇后になるのですから、しっかりと妃教育を受けなければいけません。それに、結婚式の衣装も仕上げなければいけません」


 気合を入れているレイシーは今回のディアン子爵家の家族との触れ合いで満足している様子だった。またこんな時間が取れればいいとは思うのだが、レイシーの言う通り、皇后になるための妃教育はこれからさらに時間を取られるだろうし、レイシーは結婚式の衣装も作らなくてはいけない。

 レイシーの自由になる時間が少ないということは申し訳なく思うのだが、わたしにもどうしようもなかった。

 幸いなことは、レイシーがそれを嫌がってはいないということだった。


「新しいことを学ぶのも、結婚式の衣装を作るのも、わたくしにとっては幸せなことなのです」


 はっきりと宣言するレイシーにわたしは安堵する。


「皇帝宮が息苦しくなったら正直に言ってほしい」

「そのときはお伝えします」


 レイシーに約束をして、わたしはレイシーと共に湖の方に歩いて行った。


読んでいただきありがとうございました。

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