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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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25.伝えられていなかった愛の言葉

 レイシーは早朝に家庭菜園の世話をしているようだった。

 家庭菜園で収穫された野菜は、わたしたちの食卓に並び、それがわたしには特に美味しく感じられる。

 家庭菜園の世話を終えて着替えて食堂にやってきたレイシーとちょうど一緒に食堂についたので、わたしはレイシーのためにドアを開けた。


「レイシー、どうぞ」

「ありがとうございます」


 何気ないやり取りができるのが嬉しい。

 朝食を食べながらレイシーに今日の予定を聞いて、わたしはお茶の時間までには帰れるように調整することを伝えていると、レイシーから問いかけられた。


「アレクサンテリ陛下は、わたくしのことはどう思っていらっしゃるのですか?」


 不安にさせるようなことをしてしまっただろうか。

 慎重にわたしは答える。


「大切に思っているよ」

「そうではなくて……」

「レイシーのことはこの世で一番大事だ。レイシーがいないとわたしはもう生きていけない」

「嬉しいのですが、その、アレクサンテリ陛下のお気持ちを知りたいのです」

「これでは伝わらないかな?」


 正直な心の内を話しても、レイシーが納得した様子はない。

 わたしはなにかを忘れているような気がする。

 それが何か分からないまま、わたしはさらに言葉を重ねた。


「レイシーの存在はわたしに必要だ。生涯共にいたいと思っている。レイシーにはこの気持ちが通じていないのかな?」

「通じていないわけではないです。嬉しいです」


 嬉しいと言っているがレイシーの表情が曇っている気がする。

 こういうときになんと返事をすればいいものなのだろうか。

 恋愛とは難しいものだと思ってしまう。わたしにはレイシーを笑顔にすることができない。

 もっと言葉を尽くしてレイシーをどう思っているか言いたかったが、執務の時間が近付いていた。

 朝食を終えて席を立つ。


「レイシー、機嫌を直してほしい。またお茶の時間に帰ってくるよ。そのときには、『おかえりなさい』と迎えてほしい」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 レイシーに送り出されて、何か忘れ物をしているような気分になりながらわたしは執務に向かった。


 ディアン子爵家への投資と支援の予算は会議を通ったが、これを継続的にしなければいけない。

 続ければ続けるほど反対派は増えていくだろう。

 ディアン子爵家の領地が経済的に発展しているという数字で黙らせているが、もっと明確な何かが欲しい。

 単純な縫物の工場というだけならば仕立て職人も町にいるし、安価で縫物を提供するだけでは大きな利益にはならない。

 なにかもっと大きな利益に繋がることで、ディアン子爵家が成果をあげれば、反対派は黙るだろうし、ディアン子爵家を陞爵しやすくなる。

 元はレイシーの考えなのだから、レイシーにも意見を聞いてみた方がいいかもしれないと思いつつ、わたしは書類を纏めていた。


 そこに、ラヴァル夫人からの手紙が届いた。


 レイシーに関することはわたしが執務中であっても構わずにラヴァル夫人に届けさせるように言っている。最初からラヴァル夫人にはわたしよりもレイシーのことを考えて、レイシーを重要視してくれるように頼んでいるのだ。

 手紙にははっきりと書かれていた。


『皇帝陛下に恐れながら申し上げます。レイシー殿下はご自分が愛されていることに不安を持っておられます。その理由は、皇帝陛下が「好き」という言葉も、「愛している」という言葉も、レイシー殿下に告げたことがないからだと思われます』


 そうだった。

 なにかを忘れていると思ったのだが、これだった。


 わたしはレイシーを愛しているが、これまで「愛している」も「好き」も言うことを躊躇っていた。

 それはレイシーとセシルを重ねているかもしれないのに、レイシーに愛を告げるのは間違っているという気持ちからだったが、今ははっきりとセシルを過去にして、レイシーとの未来を考え始めていた。

 それなのに、うっかりとわたしは「愛している」も「好き」も伝え忘れていたのだ。


 なんという失態をしてしまったのだろう。

 わたしは気が気ではなくて、すぐにでも皇帝宮に戻りたかったが、執務がそれを許してくれなかった。

 なんとかお茶の時間までに執務を終わらせて、急いで馬車に飛び乗り、皇帝宮に戻る。馬車から降りたわたしがお茶室に駆け込んでくると、レイシーは驚いた様子だったが、いつも通りに挨拶をしてくれた。


「アレクサンテリ陛下、おかえりなさいませ」

「ただいま、レイシー」


 勢いでレイシーを抱き締めてしまった。

 愛し合うものは出かける際にはハグをして、帰ったときにはハグをするものだと知ってはいたが、レイシーに怖がられるのが嫌で、わたしは無理やりにそんなことはできなかった。けれど今日はレイシーに告げなければいけないことがあるので、レイシーを抱き締めながら真剣な表情になる。


「アレクサンテリ陛下?」


 抱き締め合っているわたしたちを視界に入れないようにして、侍女がテーブルの上にお茶菓子と軽食を並べて、わたしたちが普段座る席に紅茶を注いだカップを置いて、部屋の隅に下がった。使用人は空気と思えと言われているが、彼らもその役割をよく分かっている。


 レイシーの体を開放して、レイシーの手を握る。

 じっと紫色の瞳を見つめると、レイシーの頬が赤くなった気がした。


「レイシー、好きだ」

「は、はい!」


 驚いているレイシーの手を両手で包んで、わたしはそこに額を持って行った。膝をつき、祈るような姿勢で、レイシーに伝える。


「レイシーのことを愛している。レイシーだけをずっと愛し続ける」

「アレクサンテリ陛下、わたくしもお慕いしております」


 わたしの告白に、レイシーからも初めて「お慕いしております」と愛の言葉が返ってきた。

 喜びに胸がいっぱいになりつつも、わたしは真摯にレイシーに謝る。


「レイシー、これまでわたしはレイシーに『好き』も『愛している』も言ったつもりだった。でも言えていなかったようだ。レイシーを不安な気持ちにさせてすまなかった」

「言ったつもりだったのですか?」

「もうレイシーにはわたしの気持ちは通じているものだとばかり思っていた。ラヴァル夫人から手紙をもらって、執務中に関わらずすぐにでも皇帝宮に戻ってこようと思った。それはできなかったが、執務を大急ぎで終わらせて戻ってきた」


 許しを請うわたしに、レイシーが頬を染めて告げる。


「アレクサンテリ陛下、愛しています」


 この言葉を聞くためにわたしは生きてきたのだと思えるくらい、幸せな瞬間だった。

 立ち上がってレイシーと共に席につくと、レイシーは自分を落ち着けるためかお茶を飲んで、深呼吸をしていた。

 呼吸が整ったところでレイシーが続ける。


「わたくし、政略結婚は嫌だと思っていました。レナン殿と婚約したときも、わたくしがディアン子爵家を継ぐために仕方がないのだと自分を納得させていましたが、本当はとても嫌だったのです」


 レイシーの口から違う男の名前を聞きたくなかったが、それがレイシーをどれだけ苦しめていたかを知ると、やはりわたしはレイシーとレナンを別れさせて正解だったのだと感じる。

 自分の権力を使って卑怯なことをしてしまったのかもしれないと気付いてはいたが、レナンは誠実な婚約者ではなかったし、レイシーを評価してもいなかった。レイシーを愛しているかに関しては言うまでもない。

 わたしはレイシーを愛しているし、レイシーを評価し、尊重している。

 わたしはレイシーに相応しい夫になろうと決心していた。

 お茶を飲みながらレイシーの話を聞く。


「わたくしは自分やソフィアの衣装を縫うことに誇りを持っていました。夢で見たセシルはお針子になりたいと思っていた。その気持ちがわたくしにもずっとあったような気がします」

「レイシーの縫物の技術はとても高いとわたしは評価している。仕立て職人たちもレイシーの技術に一目置いていると聞いている」

「それはとても嬉しいです。ですが、レナン殿は自分でドレスや服を作るなど、貧乏くさいと言って嫌がっていたのです。わたくし、結婚式の衣装は自分で作りたかった。でもレナン殿が嫌がるので外注しなければいけないと諦めていました」

「レイシーの口から他の男の名前が出るのは妬けるが、あの元婚約者はレイシーの価値を全く分かっていなかったのだな。レイシーは素晴らしい技術を持っているというのに」


 セシルのなりたかったお針子という夢が、レイシーにも息づいている。それだけでなく、レイシーは新しい刺繍の技術を習得したり、造花作りに意欲を示したり、セシルの記憶を超えるようなことをしている。

 それをわたしは高く評価したかった。

 それと同時にレナンがどれだけレイシーの価値を分かっていなかったかも知ることができた。


「わたくし、皇帝宮に来てアレクサンテリ陛下がミシンを買ってくださったとき、アレクサンテリ陛下はなんて心が広いのだろうと思いました。それだけではなく、ご自分のジャケットを作らせてくださったり、わたくしの婚約式のときのドレスを作らせてくださったこと、本当に感謝しています」

「レイシーが縫物をすることに誇りを持っているのは感じていた。セシルもそうだった。セシルもレイシーも素晴らしい才能を持っているのだから、それをわたしの妃になるせいで潰してしまいたくなかったのだ」


 セシルとレイシーを重ねる気はないが、レイシーがセシルの記憶を超えるように自分の技術を磨き、さらに上を目指す姿は尊いと思う。

 ミシンを買ったときもレイシーはとても喜んでくれたが、ジャケットを作るときも、婚約式のドレスを作るときもこんなにも喜んでくれていたのかと胸がいっぱいになる。


「わたくしがアレクサンテリ陛下を好きになったのは、アレクサンテリ陛下がわたくしのことを絶対に馬鹿にしたりなさらなくて、尊重してくださっているからです」

「そんなことは当然ではないか。レイシーは存在自体が素晴らしい」

「それに、アレクサンテリ陛下は、いつも優しいお顔をしています。アレクサンテリ陛下の目元が染まるのを見ると、本当にアレクサンテリ陛下は心から微笑んでいらっしゃるのだと実感できます」


 自分の気持ちを示してくれるレイシーにわたしも素直な感情を口にすると、レイシーはわたしの表情に言及してきた。

 凍り付いていると言われる私の表情が、レイシーの前では自然と溶けてしまうのは、どうしようもない。

 片手で口元を押さえて恥ずかしい気持ちを抑えて、レイシーに告げた。


「わたしはレイシーの全てが好きなのだ。自分と妹のドレスを縫ってしまえる技術力と、それを誇りを持って皆の前で披露する姿も。セシルのことが好きだったのは間違いない。最初はレイシーとセシルのことを重ねていた。しかし、今はレイシーのことを愛している」


 もうレイシーとセシルを重ねていないことをレイシーにも告げられた。

 安心していると、レイシーも小さく「わたくしも愛しています」と返してくれた。

読んでいただきありがとうございました。

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