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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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24.ディアン子爵家の支援と名前の刺繍

 ディアン子爵家をせめて伯爵家にしたい。

 そうすればレイシーが子爵家出身だということで軽んじようとする公爵家や侯爵家を黙らせることができるし、ディアン家がどれだけ皇帝に重んじられているかを見せることができる。

 そうは分かっていても、なかなか決定的な出来事がなかった。


 今のところは、ディアン子爵家が四代前の皇帝のときに私財を投げ打って国を救い、伯爵の地位を授けると言われたのを辞退して、子爵家の地位を無理やりに受け取らされたということを美談にして、公爵家と侯爵家を黙らせているが、それもずっとは続かないだろう。

 公爵家はレイシーを側妃にして、自分の娘を皇后にするように画策してくるし、侯爵家も皇后の座を狙っている。

 わたしはレイシー以外の妃をもらう気はなかったし、皇后の座はレイシーにしか相応しくないと思っているのだが、周囲を納得させるだけの材料がまだない。


「ディアン子爵家は事業を立ち上げているようだが、その情報があるか?」


 ユリウスとシリルとテオに探らせてみると、報告が入ってきた。


「ディアン子爵家は妃殿下が子爵家を継いだら起こそうとしていた事業を立ち上げたようです」

「女性が働きやすいように寮のついた裁縫工場を建てたと聞いております」

「男性寮もあるのですが、女性寮の方が広くて、女性が多く採用されているとのことです」


 ユリウスとシリルとテオの報告に、わたしはセシルを思い出していた。


 セシルはお針子になりたかったが、町で一人暮らしをするのを反対されて、家で縫物をして町に売りに行くことは許されていたが、町で働くことは許されていなかった。

 女性は働きに出るよりも、結婚して家庭に入って、家事や子育てをするもの。夫の仕事を支えるものという考えに、セシルは抵抗していた。

 結婚などしたくない、結婚は女の墓場だと言っていた。


「ガーネくんは男の子だから、いいなぁ」


 縫物をしながらセシルが呟いたことがある。

 六歳だったわたしはセシルの言葉に首を傾げた。


「おねえちゃんは、女の子なのがいやなの?」

「女は一人で暮らすのが危険だからって働きにも出させてもらえない。働くよりも結婚することを考えなさいって言われるのよ。ガーネくんは男の子だから、そんなことは言われないでしょう」


 六歳のわたしにはあまりよく分からなかったが、セシルがつらい思いをしているのは感じた。おじさんとおばさんのことは嫌いではなかったが、セシルは複雑な思いを抱えている様子だった。


「おねえちゃんははたらきたいの?」

「働きたい。わたしは、お針子になりたいんだ」


 今、家で縫物をしているのと、働きに出て縫物をするのと、六歳のわたしには違いがよく分かっていなかったが、セシルの願いは叶えたいと思っていた。


「お針子になったらいいよ!」

「なれたらいいんだけどね」


 応援するつもりで言ったのに、セシルは悲し気に微笑むだけだった。


 レイシーが立ち上げたかった事業とは、セシルの夢を叶えるものなのではないだろうか。

 それをディアン子爵家は立ち上げて、軌道に乗せようとしている。今でもある程度は軌道に乗っているのか、ディアン子爵家が少しずつ豊かになっているのは、ソフィアの装いが新たになっているので感じていた。

 だが、まだ足りないのではないか。

 ディアン子爵家に功績を挙げさせると同時に、セシルの夢を叶える方法がここにあるのではないか。


 わたしは大急ぎで書類を作った。

 内容は、ディアン子爵家の後継者であるレイシー・ディアンを妃候補として召し上げる代わりに、ディアン子爵家の裁縫の事業に投資をするというものだった。

 レイシーはディアン子爵家を継ぐために学園で首席を取り続けていたのだし、ディアン子爵家からわたしが無理やりに後継者を奪ったのは確かだ。

 わたしに非があることにして、ディアン子爵家を支援できないだろうか。


 その書類は会議で議題になり、反対派も当然いた。


「女性が社会進出するなど、誰が家庭を守るのですか!」

「女性は家庭で子どもを産み、育てていればいいのです」


 そういう頭の固い貴族たちには、わたしはディアン子爵家の経済が立て直っているという数字を見せて説得した。


「女性が働けば、これだけの経済効果がある。必ずやこの国の経済を強固にする基盤になる」


 それでも黙らない貴族たちには根回しをして、発言ができないようにしていって、ついにその書類の予算は議会を通った。

 ディアン子爵家の裁縫の事業に、わたしは投資し、支援することができるようになったのだ。


 これでディアン子爵家はますます女性の社会進出を拡大させるだろう。それが形になったところで、ディアン子爵家の功績として陞爵の話に持って行ければいい。

 これだけでは足りないかもしれないので、他に材料があれば常に探らせておくことを怠らずに、わたしはディアン子爵家の支援を続けられるように、次の書類も作っておいた。


 忙しくはあったが、わたしはレイシーとの時間も大事にしていた。

 最初のころは夕食を一緒に食べられない日もあったが、できるだけ夕食の時間に間に合うように帰ることを心掛けている。

 ディアン子爵家への支援が通った日に、わたしが皇帝宮に帰ってくると、レイシーがわたしを迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」

「ただいま、レイシー。少し待ってて、着替えてくる」


 抱き締めたかったが、ぐっと我慢して、レイシーの手の甲に口付けを落とすと、レイシーが頬を染めて微笑んでいる。こんな風に柔らかな表情を見せてくれるようになったのも、レイシーの誕生日のお茶会の日に、レイシーとセシルのことについて話し合い、口付けをしてからのような気がする。

 レイシーが少しずつわたしに心開いてくれている気がして、わたしは嬉しかった。


 着替えたわたしが食堂に行くと、レイシーが六枚のハンカチをくれた。

 全部青い蔦模様の刺繍が施してあるが、形が少しずつ違って、デザインを変えてある。

 それだけではなくて、そのハンカチには、わたしの名前、「アレクサンテリ」と紫の糸で刺繍がしてあった。


「とても美しい指ぬきをくださったので、そのお礼をと思ったのですが、わたくしにはこれくらいしかできませんでした。またアレクサンテリ陛下の服も縫わせていただこうと思いますので、いつでも言ってください」

「これはハンカチかな? わたしの名前が入っている」

「アレクサンテリ陛下がわたくしが刺繡を入れたハンカチを使ってくださっているのは知っていたのですが、それは学園で暮らすための資金を得るために売ったもの。アレクサンテリ陛下のために作ったものではありませんでした。これは、わたくしが心を込めてアレクサンテリ陛下のために作ったものです」


 学園にいたころにレイシーが売っていた刺繍の入ったハンカチや小物は、全部わたしが買い占めていた。だから、レイシーの刺繍が入ったものはたくさん持っている。

 それでも、レイシーがわたしのために刺繍をしてくれたハンカチは持っていなかった。

 しかも、セシルが呼べなかったわたしの名前が刺繍されている。


 繊細な刺繍の上を指でなぞると、感動でため息がもれた。


「とても嬉しいよ。明日から毎日このハンカチを使おう。いや、使ってしまったら汚れるだろうか。やはり、レイシーからもらった記念に額に入れて飾るべきか」

「使ってください。また何枚でも作ります」

「それならば、一枚だけ額に入れて飾って、残りは使わせてもらおう」

「額に入れないでください。ハンカチなのだから使ってください」


 わたしはかなり本気でハンカチを額に入れて飾りたかったが、レイシーがそれをどうしても使ってほしいという。それならば仕方がないと思いつつ、レイシーにずっと提案したいことを口にしてみた。


 セシルは自分の結婚衣装は自分で作りたいと言っていた。

 レイシーもそうなのではないだろうか。


「レイシー、注文をしてもいいかな?」

「はい、なんでしょう?」

「結婚式の衣装なのだが、わたしの分とレイシーの分、今度は一年近く時間があるので作ってもらえるか?」


 レイシーに聞いてみれば、レイシーの表情が明るくなる。紫色の目が夜空のようにきらきらと輝いていた。


「いいのですか? わたくし、自分の結婚式の衣装は自分で作るのが夢だったのです」

「難しい部分や時間のかかるところは仕立て職人と一緒にして構わない」

「はい。仕立て職人さんの作業室に行くと新しい技術を教えてもらえるのです。そのアレクサンテリ陛下のお名前の刺繍も、縫い方を教えてもらいました」


 そういえば、セシルは名前を刺繍することはなかった。セシルの売っているものは、誰が買うか分からなかったので、文字を刺繍する必要がなかったのだ。セシルが覚えていない技術は、レイシーも習得していない様子だった。

 それを仕立て職人に教えてもらったのだろう。


 わたしのハンカチに綴られたわたしの名前は、セシルではなくレイシーが習得して刺繍してくれたものだった。


 セシルを愛していた。

 今はレイシーを愛している。


 そのハンカチの名前の刺繍は、それを象徴するような形になった。

 新しい技術をレイシーが学びたいのならば、他にもあるのではないだろうか。

 わたしは婚約式のことを思い出す。

 婚約式でわたしはラヴァル夫人を通じてレイシーに花冠を贈ったが、もしかするとあれもレイシーは作りたかったのではないだろうか。


「造花に興味はあるかな?」

「はい! 造花は特殊な染料を使って花びらを染めて、花びら一枚一枚にこてを当てて立体的にして、芯に巻き付けて作るのです。作り方を聞いたことはありますが、染料やこてが手に入らなくて作ったことはありません」

「結婚式のブーケと花冠も作ってみる?」

「造花を作れるのですか!?」


 レイシーに造花を作ることを提案すると、感激しているのが分かる。

 セシルの記憶にわたしはこだわってしまっていたが、レイシーはレイシーだと認めると、レイシーが習得したい新しい技術にも目を向けられるようになっていた。


「最初から本番のものを作るのは難しいだろうから、練習でいくつか作ってみて、満足ができるようなものが作れるようになったらブーケと花冠も作ってほしい」

「嬉しいです!」


 レイシーは結婚式に出ることをこれで承諾してくれた。

 レイシーの新しい技術を推進するとともに、結婚を承諾させたことにわたしは満足していた。


読んでいただきありがとうございました。

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