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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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21.セシルからレイシーへ

 レイシーを抱き締めている間に涙はおさまった。

 お茶会の会場に戻って、つつがなくお茶会を終わらせて、わたしはレイシーをエスコートして皇帝宮に戻った。

 レイシーを部屋に送っていってから、わたしは自分の部屋で着替えをして、溜まっている執務を片付けた。


 もっとレイシーと話したい。

 レイシーに触れたい。


 思いが溢れてしまって、わたしは夕食時にレイシーに声をかけていた。


「夕食後にわたしの部屋に来てくれないか?」

「お伺いいたします」


 お茶会の席で話した続きを話したかったし、何より、レイシーがセシルの記憶を持っていると確かめた後、レイシーと少しでも一緒にいたかった。


 部屋に来たレイシーは入浴してきたのか、いい香りがして、髪も艶々としていた。着ているのは上質だが簡素なドレスだ。


「来てくれて嬉しいよ、レイシー」


 わたしはレイシーを招き入れてソファに座らせる。

 広いソファのレイシーの横に座ると、昼間のことを謝った。


「レイシーと一緒に過ごしたかった。昼間は驚かせてしまってすまなかった。急にあんなことを言われて困っただろう」

「いえ……ただ、わたくしはレイシー・ディアンであって、セシルではありません」

「それで構わない。セシルの記憶を持っているというだけでレイシーは尊いし、何より、レイシーと共に暮らすようになってわたしは毎日が楽しいのだ。レイシーがセシルでなくても、わたしはレイシーのことを大切に思っている」


 もうセシルとレイシーを混同するようなことはないが、それでもセシルはわたしにとって大事な相手だったということには変わりない。ただ、セシルは過去になって、現在、目の前にいるのがレイシーだということは分かっている。

 華奢な肩に手を置くと、我慢ができなくてレイシーを抱き締めていた。

 香油の甘い香りがレイシーからしている。

 わたしがレイシーの体温に癒されていると、レイシーはわたしの腕の中で緊張している様子だった。


「あ、の、アレクサンテリ陛下」

「なにかな、レイシー?」

「どのように、すれば……」


 そこでやっとわたしはレイシーに誤解されていることに気付いた。

 レイシーは今日、夜伽のために呼ばれたと思っていたのだ。そうではなくて、わたしはレイシーと同じ空間にいるだけでよかったし、レイシーと話をしたかった。


「レイシー、誤解をさせてしまったかもしれない。レイシーのことはとても魅力的だし、その、そういう関係にもなりたいとは思っている。思っているのだが、今はわたしたちは婚約者だ。結婚をするまではそういうことは考えなくていい」

「そ、そうですか」


 わたしがレイシーを愛しているように、レイシーも同じ気持ちになったときにそういうことはしたい。わたしも健全な成人男性なので欲望がないわけではないが、レイシーと結婚する前にそのような行為をしようとは思っていなかった。

 片手で顔を覆いながら、勘違いさせてしまったことを申し訳なく思って天井を仰げば、レイシーの緊張が解けていく気がする。


 グラスを用意して、わたしはレイシーとわたしの分のグラスに葡萄酒を注いだ。レイシーは葡萄酒を少し飲んで息をついている。


「今日は話をしたかっただけだ。レイシー、本音を聞かせてほしい。わたしのことをどう思っている?」

「それは……敬愛しております」

「それだけ?」


 まだ「愛している」とか、「好き」とかは思ってもらえていないようだ。

 残念に思いながらわたしがレイシーを見ていると、レイシーの顔が赤くなってくる。紫色の目がとろんとして、うっすらと涙の膜が張っている気がする。


「アレクサンテリ陛下は、ずるいです」

「わたしはずるいのか?」

「そんなにかわいい顔をして」

「わたしはかわいい?」

「ガーネくんは小さくてぷにぷにしていてとてもかわいかったです。アレクサンテリ陛下は大きくてとても美しくて、逞しいのに、なんでこんなにかわいいのでしょう」


 葡萄酒を飲みながら言うレイシーがかわいくて、わたしはレイシーに言い返す。


「レイシーの方がかわいい」

「アレクサンテリ陛下がかわいいのです」


 こんな風にレイシーが打ち解けてくれたことが嬉しくて微笑んでいると、レイシーは少し不満そうだった。


「わたしはもう六歳の子どもではないよ」

「わたくしは今日、十九歳になりました」

「そうだったね。レイシーの誕生日だった。おめでとう」

「ありがとうございます」


 わたしが悪戯っぽく言ってみると、レイシーも対抗してくる。

 今日はレイシーの誕生日だったと本人にお祝いを言っていなかったことを思い出して言えば、丁寧にお礼を言われる。


「アレクサンテリ陛下は、格好良すぎるのですよ。お顔が美しすぎるし、背は高いし、体は逞しいし。それでいて、時折見せる表情がかわいくて、わたくしはどうすればいいのでしょう」

「レイシーはわたしのことをそのように想ってくれているのだね」

「アレクサンテリ陛下がガーネくんだったことには驚きました。ガーネくんは大きくなっても華奢で小さくてかわいくて、わたくしよりも背が低くて、かわいい女の子を一生懸命ダンスに誘うのだと……」

「わたしがダンスに誘いたいのはレイシーだけだよ」

「そんな甘い言葉まで口にするようになってしまって」


 レイシーとわたしは、今、いい雰囲気になっているのではないだろうか。わたしの腕に抱き締められて、レイシーはうっとりとしてわたしの胸に身を委ねている。

 わたしも健全な成人男性なので、欲望がないわけではない。

 レイシーに触れたいと思う気持ちが強くなった。


「レイシー、口付けても構わないかな?」


 わたしが皇帝で、妃になにをしても許される立場であっても、わたしはレイシーの意志を尊重したかった。レイシーにお伺いを立てると、レイシーの答えは意外なものだった。


「口付け? どーんとどうぞ!」


 胸を叩いて宣言するレイシーの様子がおかしくて笑ってしまったが、許可はもらったので遠慮はしない。

 レイシーの頬に手を添えると、わたしは目を伏せた。

 わたしの唇をレイシーの唇と重ねる。


 もっと深い口付けに進みたい気持ちはあったが、レイシーはもしかすると正気ではないのかもしれない。葡萄酒に酔ってしまったのかもしれないと思って、触れるだけの口付けで我慢した。

 唇が離れると、レイシーが悲鳴を上げる。


「く、くちづけ!?」


 耳まで真っ赤になったレイシーに、これ以上部屋にいてもらうのは危険かもしれないと、わたしは手を取ってソファから立たせた。


「レイシー、部屋まで送っていこう」

「ふぁ、ふぁい!」


 わたしの手に手を重ねたレイシーを部屋まで送っていくと、その足元がおぼつかなくなっているのが分かる。やはり酔っていたようだ。

 酔ったのにつけ込んで口付けをしてしまったが、レイシーは嫌ではなかっただろうか。

 部屋まで送ってから自分の部屋に戻って、わたしはレイシーと重ねた唇を指でなぞっていた。


 柔らかくて乾いていて小さな唇。

 触れただけで甘美な心地よさがあった。

 もっと深くまで触れられたら、どれほどの快感を得られるのだろう。


 レイシーに触れたい。

 それと同時に、レイシーを大事にしたい。


 相反する気持ちの中で、わたしは揺れていた。


 バスルームに入って、体と髪を洗って出てくると、今日のできごとを思い出す。

 レイシーがセシルの記憶を持っていることを確かめて、その上でセシルの記憶があるからではなくて、レイシーだからわたしは愛したのだと思えた。


――ガーネくん。


 記憶の中のセシルの声がわたしを呼ぶ。


――アレクサンテリ陛下。


 レイシーの声がそれを上書きしていく。


 わたしは、アレクサンテリ・ルクセリオン。

 セシルに呼ばれなかった名前をレイシーは呼んでくれている。


「セシル、愛していたよ」


 わたしの中でセシルが過去になっていく。


「レイシー、愛しているよ」


 そして、レイシーがセシルに変わって、わたしの心を占めていく。

 それが嫌なことでもなんでもなく、とても自然で、わたしの心は穏やかだった。

 目を閉じると、涙が一筋零れて頬を伝った。

読んでいただきありがとうございました。

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