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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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20.レイシーの誕生日のお茶会

 レイシーの誕生日のお茶会については特に注意が必要だった。

 招待する貴族のリストから公爵家や侯爵家は外せない。

 それでも、年頃の令嬢がいてレイシーと敵対してきそうな公爵家と侯爵家には、面倒な視察を押し付けることによって、レイシーが婚約してから初めての公務となる自分の誕生日のお茶会には参加させない方向に調整した。

 その他の問題としては、皇帝の席にレイシーも座るのだが、同席したがる貴族がいるかもしれない。できる限り断るつもりだが、断れない相手もいる。

 それが母と叔父だった。

 絶対に母と叔父は接触してくる。

 それが分かっているくらいならば、母と叔父をこっち側に引き入れて味方にしてしまう方がいいのではないかと思い始めていた。


 レイシーの誕生日のお茶会の当日、わたしはレイシーをエスコートして皇宮本殿の大広間に行った。そこにはお茶の準備がされていて、レイシーが作ったという一口マフィンも置いてあった。


 セシルも保護してくれていたころにマフィンを作ってくれたことがあった。

 わたしは嬉しくて何個も食べたのを覚えている。


「おねえちゃんのマフィンはおいしいから、何個でも食べたいな! もう一個ちょうだい!」


 そう言ってセシルに何個でもねだってしまったのは懐かしい思い出だ。


 レイシーがセシルと同じマフィンを作ったということに、わたしはレイシーとセシルを重ねてしまっていた。


 決められた一番奥の皇帝のテーブルに着くと、給仕が紅茶をカップに注ぐ。

 全員に紅茶が行き届いたところでわたしは声を上げた。


「今日はわたしの愛しい妃、レイシーのために集まってくれて感謝する。レイシーは今日、十九歳になった。若く美しいわたしの妃の素晴らしい日を共に祝ってほしい」


 わたしが先に挨拶をしておけば、レイシーも挨拶がしやすくなるだろう。

 わたしの後にレイシーも挨拶をした。


「レイシー・ディアンです。わたくしのお誕生日のためにお集まりくださり本当にありがとうございます。立派な皇帝陛下の妃と慣れるように努力していこうと思います」


 セシルは十六歳で殺されてしまった。

 レイシーはそれを越す十九歳になっている。

 その事実がわたしにとっては、十六歳までしか生きられなかったセシルの命を繋ぐようで胸がいっぱいになっていた。

 わたしたちの結婚に賛成する貴族ばかりを集めたので、お祝いの言葉も問題ないものだった。言葉の裏に陰湿な嫌味を隠している場合もあるが、表面上は貴族として申し分のない祝われ方だった。


 給仕に軽食を取って来させて、いらぬ文句が入らないうちにわたしは挨拶を打ち切らせる。


「もう挨拶はいいだろう。わたしは愛しいレイシーの作ったマフィンが食べたいのだ。レイシーも好きなものを食べてほしい」

「ありがとうございます、アレクサンテリ陛下」


 レイシーの視線は給仕が持ってきた皿の上のキッシュに向いていた。わたしたちについている給仕には、レイシーの好みをしっかりと伝えてある。

 わたしの皿の上には、レイシーの作った小さな一口マフィンが三つ乗っていた。


「そんなに食べるのですか?」

「本当ならば、レイシーが作ったものはわたしが独り占めしたかったが、我慢したのだ。三つくらいいいだろう?」


 子どもっぽく言ってみると、レイシーは何か考えているようだった。


 マフィンはセシルが作ったものと同じ味がした。

 それを食べていると、母と叔父がやってきた。やはり来ると思っていたが、思ったより早かった。


「場所は空いているのでしょう? 皇帝陛下、ぜひレイシー殿下とお茶をさせてください」

「わたしもご一緒したいです」

「母上、叔父上、レイシーが気を遣ってしまうではないですか。レイシーには誕生日を楽しんでもらいたいのです」

「レイシー殿下も妃となられるのです。公務としてのお茶会を経験しておくべきではないですか?」

「皇帝陛下がお守りになれる範囲は限られております。妃殿下にも様々なことを経験する機会をお与えになった方がよろしいかと思われます」

「レイシー、とても面倒かもしれないが、母上と叔父上と同席しても構わないか?」

「光栄に思います」


 一応は最初は抵抗してみせたが、母と叔父を味方につけるためにもレイシーの人となりをよく知ってもらわなければいけない。

 同席をお願いするとレイシーは快く受けてくれた。


「レイシーが許可をするので仕方がなく、ですよ。母上も叔父上もレイシーを尊重してくださいね」

「分かっておりますわ。皇帝陛下がレイシー殿下をとてもとても大切にしていることは」

「皇帝陛下の大事なお方です。わたしたちも丁重に接します」


 レイシーを尊重するように口を酸っぱくして言えば、母も叔父も納得してくれた。

 母と叔父の分のお茶と皿が運ばれてきて、二人はわたしたちの正面の席につく。


「妃殿下が皇帝宮に来られてから、皇帝陛下の表情が明るくなりました。執務も意欲的にこなして、妃殿下とのお時間を捻出しようとしていらっしゃいます」

「そうなのですか?」

「叔父上、余計なことは言わないでください」


 レイシーになにを言われるか警戒しているので表情が硬くなってしまうが、それは仕方がないだろう。

 母と叔父が何を言うか、わたしは警戒していた。


「レイシー殿下が来られるまでは……いえ、二十二歳であの刺繍のハンカチを手に入れられるまでは、皇帝陛下は生きながら死んでいたようなものでした」

「母上!」

「皇帝であることのみを優先して、食事も生きるのに必要だから摂取しているだけで、趣味もなく、喜びもない。感情も表情もないような生活を送られていたのです」

「アレクサンテリ陛下……」


 レイシーに重荷は背負わせたくないので母を遮るが、母は止まらなかったし、レイシーはその話に聞き入っていた。

 これは、もしかするとレイシーがセシルの記憶を話してくれる糸口になるのではないだろうか。

 少しの計算がわたしの胸をよぎった。その間に母は離し続ける。


「皇帝陛下はそのうちに命を絶つのではないかとわたくしは本当に怖かった。それが、二十二歳のときに刺繍の入ったハンカチを手に入れられて、その日から皇帝陛下は変わったのです。生まれ変わったかのように、そのハンカチの出所を必死に探して、ディアン子爵家の令嬢……そう、レイシー殿下に辿り着いた」

「わたくしの刺繍したハンカチが皇帝陛下の心を打ったのですか?」

「二十二年前、クーデターが起こりわたくしの最愛の夫であった前皇帝陛下は暗殺されて、皇帝陛下は逃がされました。戻って来たとき、皇帝陛下は青い蔦模様の刺繍の入った血で汚れた服を着ていました」


 刺繍のこと、わたしの過去のこと、母はレイシーに包み隠さず話していく。

 わたしはレイシーの反応が気になって仕方がなかった。

 レイシーは何を考えているのだろう。


「デビュタントでレイシー殿下のお姿を確かめ、婚約をしようとした皇帝陛下は、レイシー殿下にもう婚約者がおられるのを知ってしまって……」

「母上、それくらいにしましょうか。レイシー、少し外の空気を吸わないか」


 話を打ち切ってレイシーをテラスに誘うと、レイシーは母と叔父に「失礼します」と頭を下げて、テラスに出た。

 二人きりになれて、わたしがレイシーに聞こうとするより先に、レイシーの方がわたしに聞いてきた。


「アレクサンテリ陛下、皇太后陛下が仰ったのは、本当ですか?」

「本当のことだ。レイシー、あの青い蔦模様の刺繍をどこで習ったのだ? ディアン子爵家の領地ではあのような模様は使われていなかっただろう」

「それは……」


 なんとなく分かってはいたが、ずっとレイシーに確かめたかったこと。

 それを口に出すと、レイシーが覚悟を決めたように顔を上げた。


「わたくし、幼いころから何度も何度も夢に見るのです。夢の中でわたくしは今のわたくしとよく似た容貌の少女で、国境の村に住んでいて、両親は村で食堂を営んでいるのですが、わたくし自身はお針子になりたくて、刺繍や縫物の練習ばかりしているのです」

「他に夢に見たことで覚えていることはないか?」

「青い蔦模様の刺繍は、夢の中でわたくしがしていたものを思い出して図案に書き出して五歳のころから縫い始めました。初めは全然形にならなかったのですが、七歳くらいになるとそれなりに縫えるようになって、十二歳では帝都の学園に入って帝都でお店に売るようになりました」

「それをわたしが手に入れたのだ」


 あぁ、レイシーはずっと夢でセシルの記憶を見ていたのか。

 レイシーがセシルの生まれ変わりだと確信するとともに、レイシーはセシルではなく、レイシーであるとも強く感じる。

 頷いて聞いているわたしに、レイシーが問いかけてきた。


「荒唐無稽な夢の話など、信じてくださるのですか?」

「レイシー、その夢の中に、銀髪に真紅の目の子どもが出て来なかったか?」

「なぜそれをご存じなのですか? わたくし、夢の中でその子を保護して、名前を言えないその子に『ガーネ』と名前を付けて、二か月以上一緒に暮らしました」


 ついにレイシーに告げるときが来た。

 わたしはレイシーの中のセシルに話しかけるような気分を切り替えて、レイシー自身に向き合う。


「わたしが、そのガーネなのだ」

「え……?」

「皇太子ということで名前を名乗ることができなかった。だから黙っていたら、わたしを保護してくれた優しいお姉ちゃんがわたしに『ガーネ』と名前を付けてくれた。けれど、わたしは本当は呼んでほしかった。アレクサンテリと」


 わたしが「ガーネ」だったことを告げれば、レイシーは迷うように言う。


「ですが、夢の話です。わたくしの話ではありません」


 そう、レイシーにとってはあくまでも夢の話。

 わたしはレイシーとセシルを重ねてはいけないことを改めて確認する。

 わたしはポケットから青い蔦模様の刺繍されたハンカチを取り出した。これはレイシーが刺繍したものだ。


「わたしは『お姉ちゃん』と呼んで慕っていた彼女が死んでしまったことを知っている。悲しみのあまり泣くこともできず、苦しんでいたら、死んだ魂はいつか生まれ変わるということが書かれた本に出会ったのだ。最初は信じられなかったが、わたしは彼女が生まれ変わることを心のどこかで願っていた」

「わたくしは、夢に見ていただけ……」

「それは前世の記憶なのではないだろうか。そうでないにしても、レイシーには『ガーネ』を助けた記憶がある。わたしはレイシーに出会うためだけに生きてきた。レイシー、生まれ変わりなどでなくてもいい。レイシーはわたしの希望の光りなのだ」


 話し出すともう感情が止められなくなって、言葉が溢れてしまう。

 こんな風に一気に話されてもレイシーは戸惑うかもしれないのに、わたしはどうしてもこの感情を制御できなかった。

 レイシーがセシルの生まれ変わりだという自覚がなくてもいい。

 セシルと関係なくてもいい。

 レイシーという存在にわたしは救われた。

 そのことを告げると、レイシーはまだ信じられない様子だ。

 壊しそうで恐れながらもレイシーの体を抱き締めると、レイシーがわたしの胸に頬を寄せてくる。


「アレクサンテリ陛下……」

「彼女に庇われてからは、絶望と地獄の中で死ねないという理由だけで生きてきた。口にするもの全てが砂のように味がしなくて、息をするたびにガラスを飲み込んでいるかのように痛く苦しかった」

「わたくしは、彼女ではありません」

「そうであっても、彼女と同じ青い蔦模様の刺繍をして、彼女の記憶を持つもの。なにより、絶望の中でわたしをもう一度生きようと思わせてくれた存在」


 抱き締めたレイシーは華奢で小さかった。

 六歳のときにセシルを大きいと思っていたのとは全く違う。


「わたくしの名前、覚えていますか?」

「覚えているとも」

「わたくしの夢の中で呼ばれる名前は……」


 セシル。


 ずっと口に出せなかった名前を口にした瞬間、目頭が熱くなって、わたしは涙をこぼしていた。

 ずっと泣くことすら許されないと、セシルが殺されてから泣けなかったのに、今、涙腺が決壊して、レイシーの肩口に顔をうずめたまま、熱い涙が零れ落ちる。

 レイシーを愛している。

 セシルとレイシーは確かに関係があったが、そうでなくても、レイシーという存在を愛している。

 生きてわたしの前に現れてくれたレイシーに感謝しかない。

 わたしはしばらくレイシーの体を抱き締め続けた。

読んでいただきありがとうございました。

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