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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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19.パープルサファイアの指輪

 レイシーは花冠をコサージュにする際に、わたしのラペルピンも作ってくれた。

 そのことがとても嬉しく、わたしはレイシーにお礼を言うと共に、そのラペルピンを一か月後に迫っているレイシーの誕生日のお茶会につけることを約束した。


 ラペルピンをもらったお礼もしなければいけないし、レイシーがわたしの妃候補だと一目で分かるようにしなければいけない。

 そのためにもレイシーにわたしとお揃いの指輪を身に着けてほしかったのだが、指輪に関しては即座に断られてしまった。


「レイシー、結婚指輪を作らせよう。指輪に飾る宝石はレイシーの目の色に合わせた、パープルサファイアがいいかもしれない」

「え!? 指輪などいりません!」

「指輪は身に着けないかな?」

「すみません。お気持ちは嬉しいのですが、指輪を着けていると、縫物の邪魔になってしまうことがありまして」


 理由を聞いてみると納得できるところもある。

 それならば、レイシーの心を動かすために、わたしは方向転換をした。


「金属の使いやすい指ぬきがあったらどうだろう」

「指ぬきですか?」

「レイシーの指にぴったりで、針が布に通りにくいときに針の後ろを押す、指ぬきだよ」

「指ぬきですか。それは欲しいですね」


 レイシーが皇帝宮に来てから、わたしも縫物のことは少しは勉強した。

 指輪ではなく指ぬきという名目ならばレイシーは指輪を受け取ってくれるのではないだろうか。

 形も指ぬきに似せるような幅広のデザインにして、パープルサファイアをつければそういう趣向の指輪という風にも見えるし、レイシーには指ぬきと思って使ってもらえるだろう。


「最高の指ぬきを作らせるよ」

「はい、よろしくお願いします」


 レイシーの考えを汲みつつも、指輪を着けてほしいというわたしの考えも通させてもらった。


 執務の合間に注文をすると、すぐにサンプルが届く。

 これを見てもらおうとお茶の時間に執務を抜けて皇帝宮に戻ると、レイシーは中庭で家庭菜園の世話をしていると聞いた。一刻も早くレイシーに会いたくて、そちらに足を向けると、レイシーの姿が見えた。

 レイシーが視界に入った瞬間、わたしの表情が自然と溶け、微笑むのを止められない。


「レイシー、今日は一緒にお茶ができるかもしれないと思って早く帰ってきたよ」

「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」

「ただいま、レイシー」


 そのままレイシーを抱き締めてしまいたかったが、レイシーはわたしを止めた。


「今庭仕事をしていたので、汚れています。それに、汗もかいているし……」

「レイシー、お茶室で待っているから、着替えておいで」

「はい。着替えてまいります」


 レイシーの嫌がることは絶対にしない。それは決めていたので、レイシーの言葉にすぐに着替えてくるように促すと、レイシーは足早に部屋に戻っていった。

 先にお茶室に行って指ぬきのサンプルを見る。

 本来女性の指輪は細くて華奢なものが多いが、それよりもずっと幅広で、本当に針の後ろを押しても問題ない頑丈な作りになっているそれは、サンプルなのでパープルサファイアではない宝石がはめられていたが、指ぬきだと言い張れる形にはなっているようだ。

 お茶室にやってきたレイシーに声をかけて、指輪を見せる。


「ここにパープルサファイアを飾ろうと思っている」

「それ、どうしても必要ですか? シンプルな指ぬきで構わないのですが」

「いや、妃の指ぬきなのだ。それなりに格調高いものでなければいけない」


 妃の指ぬきと強調すると、レイシーも納得してくれたようだ。


「パープルサファイアは小ぶりのものにして、邪魔にならないようにする。パープルサファイアが飾られていないところで針を押してほしい」

「分かりました。ありがとうございます」

「それでは、このデザインで注文しよう」


 注文は手早く。

 レイシーの気が変わらないうちに指ぬきという名目の指輪をレイシーに届けてしまいたかった。


 わたしには右肩に小さな傷がある。

 それはクーデターで逃がされて、護衛が殺されたときに、敵の放った矢がかすってできた傷だった。六歳のときから消えていない傷跡を、わたしはセシルの思い出のように感じていた。

 数日後のお茶の時間に事故は起きた。


 お茶室で侍女に紅茶を入れてもらっていると、レイシーが侍女からカップを受け取りそこなって熱い紅茶を零しそうになったのだ。紅茶は抽出するために熱湯で入れる。それをかぶったら間違いなく大火傷をする。


 とっさにレイシーを庇ったわたしの右腕に紅茶がかかった。わたしはジャケットを着ていたのですぐにはしみ込まなかったが、レイシーの判断は素早かった。


「火傷を!? アレクサンテリ陛下、脱いでください」


 ジャケットとシャツを手早く脱がせたレイシーは、わたしの右肩を見て固まっていた。この傷に見覚えがあったのだろうか。

 そうは思うのだが、ジャケットとシャツの右袖を抜かれた上半身半裸姿でいつまでもレイシーと同室していることはよくないとわたしの理性が告げている。


「アレクサンテリ陛下……」

「レイシー、すまない、冷やしてくる。着替えて戻ってくる」


 ジャケットとシャツを素早く脱がしてもらったので火傷はしていないと思うが、着替えはしないといけない。

 そう思っていると、レイシーの口から「ぎゃー!?」という悲鳴が上がった。


「も、申し訳ありません! しししししし、失礼します!」


 やはり、上半身半裸はよくなかったようだ。

 自分の部屋に逃げてしまうレイシーにため息をつきつつ、わたしも自分の部屋に戻って着替えをした。医者が呼ばれて、大袈裟なことになってしまったが、わたしの火傷が大したことないのを見て、医者も安心していた。

 着替えと治療を終えた後、わたしはレイシーを安心させるために部屋を訪ねた。


「火傷は大したことはなかった。水膨れにもなっていない。少し赤くなった程度だ。レイシーがとっさの判断で素早く脱がせてくれたおかげで、ジャケットからシャツまでほとんどしみ込まなかったようだ。ありがとう」

「緊急事態とはいえ、アレクサンテリ陛下を脱がせるようなことをしてしまい、大事なお体を晒してしまって大変申し訳ありませんでした」

「わたしは男性だし、レイシーに脱がされるのは嫌ではないから、気にしなくていいよ」


 セシルはわたしの服を着替えるのを手伝ってくれていたし、一緒にお風呂にも入ってくれていた。レイシーとセシルを比べるつもりはないが、レイシーに触れられるのは嫌ではない。

 脱がされたとしても、寝室に薄着の女性が忍び込んできて触れようとしただけで吐いてしまったような嫌悪感は全くなかった。

 レイシーの肩が震えているのに気付いて、わたしはそっとそこに手を置いて撫でる。


「本当に気にしていないから、レイシーも気にしないでほしい。レイシーが無事でよかった」

「助けていただいてありがとうございました」

「レイシーの肌に火傷の痕など残ったら悲しいからね」


 心から本音を言えば、レイシーも落ち着いてきてくれたようだった。

 その日からレイシーの態度が少し変わった気がするのだが、わたしのことを意識してくれているのだろうか。それとも、わたしの右肩の傷を見て、何か思うことがあったのだろうか。


 レイシーの誕生日のお茶会が近くなってから、指ぬきという名目の指輪が出来上がってきた。

 わたしはそれを朝食の席でレイシーに渡した。


「レイシー、お茶会ではこれを身に着けてほしい」

「指ぬきを、お茶会に付けて出るのですか?」

「指ぬきでもこれは装飾的な意味があるから、指輪のようにも見えるだろう?」

「指輪のようにも見えますが、指ぬきなのですよね?」

「もちろん、指ぬきだよ」


 もうレイシーも気付いているだろうが、ここは騙されていてほしい。

 指ぬきという名目でわたしが指輪を贈ったことも許してほしい。

 何より、その指輪は本当に指ぬきとしても使えるように加工してあった。


「針より頑丈な素材で作ってある。指ぬきとして使って構わないよ。レイシーとお揃いにしたくて、わたしも同じデザインの指ぬきを作ったんだ」

「アレクサンテリ陛下も縫物をなさるのですか?」

「レイシーが教えてくれるのだったら挑戦してみたいね」


 レイシーの言葉にわたしが答えると、レイシーはやっと納得してくれたようだった。

 指輪を受け取って頭を下げる。


「ありがとうございます、アレクサンテリ陛下。大事に使います」

「いつも身に着けていてくれると嬉しい」

「指ぬきは常に身に着けるようなものではないのですが」

「特別な指ぬきなのだから構わないだろう? 使いたいときにいつでも使えるから便利かもしれない」


 レイシーを丸めこんでしまったことは申し訳ないが、わたしはレイシーの指にその指輪を通しながら、これでレイシーがわたしに寵愛されていることは誰が見ても明らかになるし、わたしとお揃いの指輪を着けていることがレイシーを守ることになると安心していた。

読んでいただきありがとうございました。

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