17.婚約式と根回し
婚約式のためにディアン子爵家の家族も来ていた。
ディアン子爵家の家族が嫌な思いをしないように目を配らせなければいけない。
「ユリウス、シリル、テオ、ディアン子爵家のものに公爵家や侯爵家のものが接触しないように取り計らってくれ」
「心得ました」
わたしの心配が分かっているのだろう。ユリウスは胸に手を当てて、代表で返事をした。
レイシーに関してはわたしが目を配っておけばいい。
公爵家や侯爵家がこの婚約に口出ししてこようとしても、そうできないようにわたしは圧力をかけて手を回しておいた。
婚約式の日、レイシーと朝食を食べながら、わたしはレイシーに伝えていた。
「レイシー、式典が忙しくて昼食は食べる暇がないかもしれない。今日はしっかり食べておくといいよ」
「はい、御忠告ありがとうございます」
「式典の間手洗いに行ける時間があまりないから、水分は控えめにしておくといい」
「はい」
婚約式を抜け出して食事を取ったり、手洗いに行かせたりすることはできなくないのだが、レイシーがわたしのそばを離れると、レイシーに悪口を吹き込もうとする輩と出会ってしまうかもしれない。
それはできれば避けたかった。
リスクを最小限にするためにも、レイシーにも我慢を強いることがわたしは申し訳なく感じていたが、仕方がなかった。
朝食後、部屋に戻って仕度をする。白いトラウザーズと白いシャツに、レイシーが作ってくれたジャケットを身にまとう。紫が差し色になっていて、袖と裾と襟を縁取るように小さな青い蔦模様の刺繍されたジャケットは、レイシーとわたし、そしてセシルの絆を繋ぐようなものだった。
部屋にレイシーを迎えに行くと、後ろが引きずるようになっていて、前は少し短めの白いドレスを着ていて、短めのヴェールを被っていて、頭には白い薔薇にピンクの薔薇が僅かに混じった花冠を被っていた。
あまりの美しさにわたしは息を飲む。
「レイシーとても美しい。レースのように繊細で美しいという名前の通りだ」
「アレクサンテリ陛下が最高の材料を揃えてくださったおかげです」
「レイシーの手でこのドレスが作られたなどと皆の者が知ったら、驚くだろうな」
心から称賛すると、レイシーは誇らしげだった。
肘を示すと、レイシーがそこに手を添えてエスコートされてくれる。いつもより踵の高い靴を履いているレイシーが転ばないように細心の注意を払いながら、わたしは皇宮本殿までレイシーをエスコートした。
皇宮本殿の大広間の一つに着くと、カーペットの敷かれた大広間の中央を歩いていく。
歩いているわたしとレイシーの耳に届くように、貴族たちが噂話をしている。
「あの方がディアン子爵家のご令嬢」
「ディアン子爵家といえば、数代前の皇帝陛下のときに私財を投げ打って国を助け、爵位を賜った家と聞いています」
「そんな尊い家柄でしたら、皇帝陛下が選ばれるのも分かります」
貴族たちにも根回ししていたので、ディアン子爵家の噂も順調に広まっているようで、レイシーの悪口などは聞こえてこないことにわたしは満足していた。
大広間の壇上に上がると、母と叔父が待っていた。
「今日はよろしくお願いします、母上、叔父上」
くれぐれもレイシーを貶めるようなことはしないように。
牽制の意味を込めて小声で挨拶すると、心得ているように二人は頷いた。
「レイシー嬢、緊張なさらないでくださいね」
「わたしは、カイエタン・ルクセリオン。お初にお目にかかります、レイシー嬢」
「お初にお目にかかります、カイエタン宰相閣下。今日はよろしくお願いいたします、皇太后陛下」
レイシーに挨拶をしている叔父と母は、わたしたちを邪魔するつもりはないようなので安心する。
今日の進行役は、この二人だ。
「それでは、皆様、皇帝陛下とレイシー・ディアン嬢の婚約の儀を始めさせていただきます」
皇太后である母が宣言すると、貴族たちが水を打ったように静まる。この貴族たちの中にはわたしとレイシーの結婚に納得していないもの、レイシーを皇后に迎えることには賛成しないものもいるので、今日はレイシーを皇后に迎えることは口に出さない。
もっと根回しができて、誰も文句が言えなくなってから公表することにする。
「皇帝陛下より、婚約の宣言をしていただきます。皇帝陛下、どうぞ」
母に促されて、わたしは貴族たちの方を見た。レイシーには絶対に手を出させないという気持ちを込めて、貴族たちに向けて宣言する。
「わたし、アレクサンテリ・ルクセリオンは、レイシー・ディアンと婚約し、一年後の結婚式で妃として迎え入れ、生涯を共に過ごすことを誓う」
「レイシー嬢、お返事を」
「皇帝陛下のお力となれるように寄り添って共に生きていくことを誓いまし」
レイシーが噛んでしまったが、それに対しても笑うことがないように貴族たちに視線を巡らせた。わたしの表情に、貴族たちは静かにしている。
「これより、レイシー嬢は妃殿下となります。妃殿下、皇帝陛下と末永くお幸せに」
母がレイシーに声をかけて、レイシーが完璧な仕草で一礼すると、貴族たちから祝福の声が上がる。
「皇帝陛下万歳!」
「妃殿下万歳!」
これも自然と上がったものではなく、わたしが根回しして数人に言うように命じていたものだが、それに呼応するように祝福の声は広がっていった。
婚約式が無事に終わったので、わたしは玉座の隣に据えられた椅子にレイシーを座らせて、わたしは玉座に座る。
実質的に皇后しか皇帝の隣には座れないので、これでわたしの気持ちは宣言せずとも示せていることになる。貴族たちには実際に目で見せて納得させて、それからまた根回しをして誰もレイシーに文句が言えなくすればいい。
これからわたしたちは貴族の挨拶を受けるのだが、最初に挨拶をしてきたのは叔父のカイエタンだった。
「皇帝陛下、誠におめでとうございます。皇帝陛下の妃殿下を見ることがなく、わたしは人生を終わるのかと思っておりましたが、妃殿下を選ばれたこと、本当に祝福いたします」
「わたしの心をレイシーが癒してくれた。レイシーはわたしの全てだ」
だから決してレイシーをわたしから遠ざけないように。
遠ざければまたわたしは生きながら死んでいるようになる。
言外に伝えると、叔父は静かに胸に手を当てている。
「皇帝陛下には大変よくしていただいています。皇帝陛下のことを支えていけるように努めたいと思います」
「レイシー、皇帝陛下ではなく、アレクサンテリ、だよ?」
「こんな公の場で呼べません」
わたしがレイシーを特別扱いしていることを見せるために、名前で呼ばせていることを知らしめたかったのだが、レイシーは遠慮しているようだ。ここで強要するのも何か違うので、わたしはぐっと我慢する。
「本当に仲睦まじいご様子で。皇帝陛下の叔父としても安心いたしました」
叔父は微笑んで次の皇族に順番を譲った。
続いて挨拶してきたのは、叔父の子どもたちだった。エメリックとテレーザとアウグスタの三人だ。
「皇帝陛下、本当におめでとうございます」
「妃殿下を見て確信いたしました。皇帝陛下は妃殿下のことを本当に想われているのだと」
「末永くお幸せに」
三人は無邪気に祝福してくる。
この姿を見ればレイシーも安心することだろう。
エメリックとテレーザとアウグスタにもレイシーは挨拶をしていたが、次はディアン子爵家だった。本来ならばディアン子爵家は身分が低いので挨拶の順番は後ろになるはずだが、レイシーのために早めに挨拶をするように順番を変えさせた。
レイシーの実家なので文句は出ないだろうし、出たとしてもわたしが握り潰す。
「皇帝陛下、わたしたちの娘を妃殿下として迎え入れてくださってありがとうございます」
「レイシー殿下、どうかお幸せに」
「ディアン子爵夫妻、レイシーのことはわたしが必ず守る。生涯大切にする。どうか、大事な娘をわたしに預けてほしい」
「どうかよろしくお願いいたします」
「レイシー殿下、皇帝陛下にしっかりとお仕えするのですよ」
「はい、お父様、お母様」
ソフィアの視線が痛いが、それもまた好ましいと思える。ディアン子爵家はずっとレイシーの味方であってほしい。特にレイシーが溺愛している妹は、レイシーを愛したままでいてほしいと思う。
公の場ではレイシーを「殿下」と呼ばなければいけなくなっているが、本来ならばレイシーはそのように呼ばれたくないだろう。
「公の場ではレイシーは妃だが、私的な場ではディアン子爵家の娘。そのようにして構わない」
「ありがとうございます」
「皇帝陛下の恩情に感謝いたします」
公の場では難しいが、私的な場では今まで通り呼んでいいと伝えると、ディアン子爵夫妻は感謝していた。
ソフィアが口を開くと、怒りに燃えた低い声が口から漏れ出る。
「皇帝陛下、レイシー殿下はわたくしの大切な姉です。皇宮の闇に触れることのないように、大切にしてください」
「レイシーが傷付くことがないように努力すると誓おう。レイシーを傷付けるものはこの皇宮に近付けないし、レイシーを認めないものは皇宮に出入り禁止とする」
「レイシー殿下、どうか幸せになってください」
「ソフィアも幸せになってください」
「お姉様……」
思わずソフィアがレイシーを「お姉様」と呼んでしまったが、それを咎めることがないように、わたしは視線で指示していた。
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