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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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13.最高級の材料で婚約式のドレスを

 わたしが「ガーネくん」と呼ばれていたころに、セシルと約束したことがあった。

 あれはセシルの村の娘が結婚するときに、セシルがドレスを作ってあげたときのことだ。

 白という色は皇帝の色であるし、純粋な白を作り出すのはとても難しいので、平民の村娘の手の届くものではない。それでも、白い結婚衣装が着たいということで、セシルはその村娘のために薄水色の布に白い刺繍を施していた。


「おねえちゃん、そのドレスすごくすてき」

「そうでしょう? これを着て村のひとが結婚するんだよ」

「おねえちゃんも、けっこんするときに自分のドレスをぬうの?」


 わたしが無邪気にドレスを褒めて、セシルの結婚するときのことを聞けば、セシルは結婚衣装のことを考えているようだった。結婚願望はないセシルだが、衣装の話になってくると別だ。できるだけいい材料で衣装を作りたいということは常々言っていた。


「おねえちゃんが作ったドレス、すごくすてきだろうなぁ。ぼくとけっこんしてほしい」

「またその話? ガーネくんはまだ小さいでしょう? 結婚はできないのよ」


 六歳だったがわたしは本気でセシルと結婚したいと思っていた。皇帝は代々真紅の目を持って生まれ、生涯に一人のひとしか愛さない。わたしが愛するのはセシルだけと思っていた。

 まだ六歳のわたしでは結婚できるまでに十二年あるし、そのころにはセシルは二十八歳である。

 そのことをセシルは気にしているようだ。


「大きくなるまで待ってて」

「ガーネくんが大きくなるまで待ってたら、わたしはおばさんになっちゃうわ」

「そんなことない。おねえちゃんはずっとおねえちゃんだよ」


 どれだけ真剣に言っても、六歳の言葉はなかなかセシルに響かない。


「ぼく、おねえちゃんがだいすきなんだ。おねえちゃんとしかけっこんしたくない」

「ガーネくんが大きくなったら、わたしのことなんて忘れてるよ」


 笑い飛ばされそうになって、わたしは悲しくて悔しくて涙が滲んできた。


「そんなことない。ずっとずっとすきだよ」


 泣きそうになりながらわたしは必死に言う。


「ぼく、すごくえらくなって、おねえちゃんがほしい布や糸を好きなだけ買えるようにする。おねえちゃんが自分が作りたいドレスを作れるようにする。約束するから、ぼくとけっこんして!」


 わたしは将来皇帝になるのだから、セシルにどれだけでもいい布と糸を渡すことができる。

 最高級の布と糸で結婚式の衣装を作ることがセシルの夢なのだったら、叶えてあげたいと思ってわたしが必死に言えば、セシルは答えてくれた。


「ガーネくんが大きくなっても気持ちが変わらなければね」


 大きくなっても気持ちが変わることはない。

 わたしはセシルだけを一生愛する。

 そう決めていたのに、セシルは殺されてしまった。


 今目の前にいるのはセシルではない。

 けれど、レイシーもセシルと同じことを考えているかもしれない。

 婚約式を必要ないというレイシーに婚約式に出てもらうため、また、レイシーにセシルと約束したことを叶えてもらうために、わたしは条件を考えていた。


「最高の材料を用意させよう」

「え?」

「最高級のシルク、最高級の織りのヴェール、レースもフリルも使い放題だ。光沢のあるリボンも準備させよう」

「最高級のシルク……最高級の織りのヴェール、レースにフリルにリボン……」


 レイシーがセシルだったのならば、絶対に心が動くはずだ。そうでなくても、縫物をするレイシーに取って最高級の材料を使えるということはものすごく心動かすできごとだろう。

 わたしが最高級のシルク、最高級の織りのヴェール、レースもフリルも使い放題で光沢のあるリボンも準備させるというと、レイシーが揺れているのが分かる。

 考えている時間は一瞬だった。

 レイシーは元気よく答えた。


「わたくし、やります!」

「デザインも、どの材料を使うかも、全てレイシーに任せる。レイシーの一番いいと思うものを作ってほしい。レイシーは婚約式ではわたしの隣に立ってくれるだけで十分だからね」

「はい!」


 全てレイシーの思いのままに作っていい。

 わたしの申し出に、レイシーの表情が明るくなっている。

 既にレイシーは「どんなデザインにしましょう」とか「どんな材料が届くのでしょう」とか小さく呟いて楽しみにしているのが分かる。

 わたしは無事にレイシーを婚約式に参加させる了承を取ることができたのだった。


 深夜になっていたが、わたしは手紙を書いて皇族にしか許されない純白の最高級のシルクと、高位貴族でもなかなか手が出ない最高級の織りのヴェール、それにレースやフリルやリボンも最高級のものを手配するように指示した。

 侍女はそれを受け取り、下がっていった。


 風呂に入ってベッドに横になると、自然な眠気がわたしを心地よく包む。

 睡眠薬で強制的に取っていた睡眠が、心地よいものに変わっていくなどとは思いもしなかった。

 目をつぶるとレイシーの声、レイシーの笑顔が浮かんでくる。

 レイシーのことを考えているとわたしは自然と眠りに落ちており、翌朝までの短時間ではあったがぐっすりと眠ることができた。睡眠薬を使わずにこんなに深く眠ったのはいつ以来だろうか。

 それも分からないくらい昔のことだった気がする。

 睡眠薬はもう必要ないかもしれない。

 そう思えるくらいわたしは変化していた。


 朝食の席でレイシーがわたしに報告してきた。


「昨日、皇太后陛下からお茶会の招待状をいただきました。ラヴァル夫人にご相談して、招待をお受けすることに致しました」

「母上からのお茶会の招待?」

「いけませんでしたか?」


 母に関しては、わたしは即位の前にわたしの寝室に薄着の令嬢を入れる手引きをしていたのではないかと疑っていた。レイシーは子爵家の令嬢で母は歓迎しているようだが、裏では何を画策しているか分からない。

 母であろうともわたしにとっては信頼できる相手ではなかった。


 思案している間、レイシーにいつも向けている微笑みを絶やしてしまったようで、レイシーが不安そうにしているのに、わたしははっとして悪戯っぽく言う。


「わたしもまだレイシーとお茶をしたことがないのに、母上に先を越されてしまうとは……。レイシー、その時間、わたしも参加できるようにスケジュールを調整するので、招待状を見せてくれるかな?」

「は、はい。すぐに持ってきます」

「いや、侍女に持って来させよう」


 冗談にしてしまおうとしたのだが、レイシーはまだ緊張しているようだ。

 母からレイシーへの招待状を見て、お茶に誘っているだけだったが、レイシーが母に何か言われたら傷付くかもしれないので、わたしは朝食を食べ終わると母に手紙を書いた。


 レイシーが本当に大事なこと、レイシーを傷付けるのであれば母でも許さないこと、レイシーとのお茶会には同席すること。率直に書いた手紙を、わたしは侍女に渡した。


「母上にこれを届けるように」

「心得ました」


 侍女は素早く手紙を持って下がっていった。

 レイシーは落ち着いたのか美味しそうに朝食を食べている。

 レイシーがたくさん食べている姿を見ると、痩せている彼女が少しでも健康的になってほしいという思いと、レイシーが食べているものはわたしも美味しく感じられる不思議とを感じていた。


「アレクサンテリ陛下、庭を散歩しても構いませんか? それと、わたくしのために馬を用意してくださっていると聞きました。乗馬もさせていただきたいです」

「庭はいつでも自由に散歩して構わない。乗馬は日程を調整しよう」

「ありがとうございます。中庭の家庭菜園も準備をしていいですか?」

「レイシーの思うようにしてほしい。レイシーが暮らしやすいのが一番だからね」


 庭に出ることもレイシーはしていなかったのか。

 これに関してはわたしの落ち度だと反省する。レイシーが自由に振る舞えるように皇帝宮の中ならば自由にしていいと伝えていなかった。

 慌てて伝えると、レイシーは嬉しそうに微笑んでいた。レイシーの微笑みを見るとわたしも自然と笑顔になる。


 その日の執務は煩雑なものはなかったが、わたしは母とのお茶会について考えていた。

 母はレイシーをどのようにして迎えるのだろう。

 レイシーを傷付けようとしたらわたしが決して許さない。

 母であろうとも、レイシーを軽視するならば、距離を置かなければいけないと心に決めていた。


 味気ないが、具が何か分かるくらいには回復した味覚でサンドイッチを食べて、昼食後も執務を続け、お茶の時間にわたしはレイシーを迎えに皇帝宮に戻った。

 レイシーはラベンダー色のドレスを着ていて、踵が高すぎないくらいの靴を履いている。その姿にわたしは息を飲み、レイシーの美しさに目を奪われる。


 目だってはっきりとした顔立ちの妹と比べていたのか、レイシーは自分のことを美しくないと思っているようだが、レイシーには派手ではないが清楚な美しさがある。皇帝宮に来て荒れていた髪も艶々として来て、肌も艶を取り戻している。

 レイシーの美しさに見とれていたわたしに、レイシーが声をかけたのでわたしは落ち着くことができた。


「お帰りなさいませ、アレクサンテリ陛下」

「ただいま、レイシー。お茶会に一緒に行こうと思って迎えに来た」

「ありがとうございます」


 「お帰りなさい」と言われると特別な気持ちがして胸が温かくなる。

 お茶会にわたしも参加することは伝えていなかったが、レイシーは安心している様子だった。

 腕を示すと、レイシーの華奢な手がそこに添えられて、レイシーはエスコートされてくれる。


「行ってらっしゃいませ、皇帝陛下、レイシー様」

「ラヴァル夫人、行ってきます」


 ラヴァル夫人に見送られて、わたしはレイシーと共に皇太后宮のお茶会に向かった。

 皇帝宮と皇太后宮は近いので、歩いて行ける距離である。

 二人で歩いていると、レイシーは皇宮の道の花々や池を見て目を輝かせていた。

 この笑顔を守りたい。

 そう強く思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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