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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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12.公爵家と侯爵家への牽制

 翌日の朝食はレイシーと一緒に食べた。

 レイシーは朝食を見て、とても美味しそうに食べている。貴族の女性は小鳥のように小食であれというのが常識で、人前でたくさん食べるのはお行儀が悪いとされているが、そんなことは全く思わず、レイシーにはたくさん食べてほしいと考えていた。

 ディアン子爵家が困窮していたせいだろう。レイシーは身長は女性の平均よりも高いが、体はとても華奢で細く、痩せていた。


「皇帝宮の料理が口に合ったようでよかった。レイシーは本当に美味しそうに食べる。もっと食べさせたくなってしまうな」

「皇帝宮のお料理はとても美味しいです」


 レイシーがたっぷり食べているのを見ると、わたしも食が進む。オムレツに焼いたハムとベーコン、サラダにフルーツと、どれもとても美味しかった。

 食べながらわたしはレイシーにお願いしてみた。


「わたしのことは、そろそろ名前で呼んでくれないかな?」

「え!? 無理です!」


 即座に断られてしまったが、断ってしまったことを後悔しているのか、フォークを持ったまま、固まってしまっているレイシーに、わたしはできるだけ優しい声で言う。


「わたしの名前は、アレクサンテリ・ルクセリオン。知っていたかな?」

「はい、存じ上げております」

「アレクサンテリでも、アレクでも構わない」

「構います! そのようには呼べません!」

「わたしの名前を呼んでくれないのか? わたしはまた名前も呼んでもらえないままに一緒に過ごすのか?」


 セシルに「ガーネくん」と呼ばれて、本当の名前を告げられなかったことを思い出してつい、口に出してしまうと、レイシーは少し悩んだ後で、おずおずと口を開いた。


「あ、アレクサンテリ陛下」

「陛下は必要ないのだが」

「いえ、必要です。アレクサンテリ陛下はとても尊い御身なので、呼び捨てになどできません」


 本当は「アレクサンテリ」か「アレク」と呼んでほしかったのだが、それが難しいことはわたしが皇帝であるので分かっている。

 それにしても、セシルと同じ声で、「アレクサンテリ」とわたしの名前を呼んでもらえたことに、わたしは胸がいっぱいだった。

 セシルには呼んでもらえなかった名前をレイシーには呼んでもらえる。


「アレクサンテリ……レイシーが呼ぶとわたしの名前が特別になったような気がするな。やっと呼んでもらえた」


 朝食後には、レイシーの部屋に注文していたミシンが運び込まれた。

 レイシーは部屋のどこにミシンを置くか指示して、本物のミシンを目の前にして感動している様子だった。


「本物のミシンですわ。憧れていたのです。本当にありがとうございます」

「レイシーが欲しいならばレイシーのための縫物部屋を作ってもいいのだが」

「それは必要ありません。この部屋で十分です」


 わたしは本気だったが、裁縫部屋を作るという申し出は遠慮されてしまった。


「このミシンでわたしのジャケットを作ってくれるか?」

「はい! 買っていただいたお礼に、最初のご注文はアレクサンテリ陛下からお受けいたします。どのようなジャケットがよろしいですか?」

「わたしが一番格好よく見えるジャケットだな」

「アレクサンテリ陛下はそのままでもとても美しくて格好いいのですが」


 そのままでも美しく格好いいと言われてわたしは嬉しくて頬が緩んでしまう。


「レイシーにはわたしが美しく格好よく見えているのか……。それは嬉しいな」


 感動を噛み締めていると、レイシーがわたしに問いかける。


「アレクサンテリ陛下は白い服をお召しになっていることが多いのですが、白がお好きですか?」

「いや、これは純粋な白い色を出すのは難しいので、高級品として皇帝のために織られている布なのだ。特に白が好きなわけではないが、これを着ると周囲が喜ぶのでそうしている」

「お好きな色はありますか?」

「青と……黒と紫かな」


 青はセシルが刺繍してくれた蔦模様の色、黒はセシルとレイシーの髪の色、紫はレイシーの目の色だ。

 それを好きな色だと伝えると、レイシーはそれでジャケットを作ることを考えてくれるようだった。


「白を基調として、差し色を考えてみますね」

「よろしく頼む。レイシーの作ったジャケットを着られるだなんてとても幸せだ」


 喜びを胸に、わたしは今日の執務に向かった。

 皇宮本殿の執務室では、ユリウスとシリルとテオが控えている。

 会議で上がってきた報告書に目を通し、サインをして、執務を行いながらも、わたしが考えていることはセシルのことだった。


 セシルは女性が自由に働けないことを嘆いていた。自分の夢だったお針子になれないことを、非常に悲しんでいた。結婚はしたくない。結婚は女の墓場だと言っていた。

 この国で女性が社会進出する手段はないのか。

 それはまだ思い付いていなかったが、そうなったときに反対勢力が現れるのは感じていた。

 女性が男性に従うことを望む勢力や、女性の無償の労働力を利用している勢力、また伝統を重んじる貴族たちの中には、反対派が生まれるだろう。


 そのときには、わたしはその反対派を説得できる材料がなければいけない。

 女性が社会進出することで、この国がどのように発展していくか、この国がどれだけ利益を得るかを示す必要がある。


 まだ成し遂げられていないことだが、反対派が生まれることには警戒していなければいけないと考えていた。


 昼食は執務室で食べることが多い。

 執務のかたわら、手で持って食べられるものを用意させているので、サンドイッチが主だった。

 レイシーがいないと味気なく感じるが、それでも、レイシーの顔を思い浮かべると、砂を噛んでいるような感触は消える。美味しいかどうかはよく分からなかったが、サンドイッチの具が何かわかる程度には味覚は回復していた。


 昼食が一緒に取れなかったので、夕食は一緒に取りたかったが、わたしはその日は公務で夕食まで皇宮本殿で食べなければいけなかった。

 属国の王族と公爵や侯爵との食事会だったが、属国の王族はレイシーのことに興味津々だった。


「長年独身主義を貫いてこられた皇帝陛下が、初めて妃を迎えられるというお話ではありませんか。どのような方なのですか?」


 ここはレイシーのことをしっかりと知らしめておく必要がある場だろう。

 わたしは静かに伝える。


「四代前の皇帝のときに、私財を投げ打って国を救ってくれたディアン子爵家という恩義のある家の令嬢だ。わたしは彼女をとても愛していて、彼女以外に愛せる人物はいないと思っている」


 前半のディアン子爵家の説明に力を入れて話せば、属国の王族が驚きの声を上げる。


「国を救ってくれたような家なのに、子爵家なのですか?」

「四代前の皇帝は伯爵家以上の爵位を授けようとしたのだが、とても謙虚な家で、将来的に金を返してくれれば爵位はいらないと言ったのだ。素晴らしい家だと思う。今からでも恩返しをしたいほどだ」

「それで、その家の令嬢を妃に迎えることにしたのですか?」

「いや、それとは関係ない。わたしは彼女を心から愛している」


 レイシーのことを愛していることは明らかにしつつ、ディアン子爵家の話をして同席している公爵や侯爵を牽制していく。

 しばらくはこれで時間を稼げるだろうが、また騒ぎ出す前に、ディアン子爵家になにか功績を立てさせなければいけない。

 考えながらも、食事会を終えて、わたしは皇帝宮に戻った。


 時間が遅くなっていたので、期待はしていなかったが、わたしが帰ってきたことを侍女がレイシーに伝えてくれたようだ。

 廊下で待っていると、レイシーが部屋から出てきてくれる。


「お帰りなさいませ。執務お疲れさまでした」

「お帰りなさい……そうか、この宮殿に戻ってくるとレイシーが迎えてくれるのか。幸せだな」


 「お帰りなさい」など、言われたのは初めてかもしれない。

 セシルと暮らしていたころも、セシルを「いってらっしゃい」と送り出すことはあっても、わたしは外にはほとんど出なかったので、「おかえりなさい」と迎えられることはなかった。

 感動していると、レイシーがジャケットの形に縫われた布を持ってきた。


「これがジャケットの下縫いになります。身に着けていただけますか?」

「もうこんなに進めてくれたのか?」

「これはまだまだ型紙の段階です。これをアレクサンテリ陛下に身に着けていただいて、微調整して、本縫いの布を断ちます」

「そうなのか」


 説明を受けながらその下縫いの布に袖を通すと、レイシーは真剣な眼差しでそれを確かめて、メモを取って、それを脱がせてくれた。


「ありがとうございます。これで本縫いの布が断てます」

「そんなに早く作業が進むものなのか?」

「お時間はもう少しいただきますが、納品までそれほどかからないと思います」


 わたしのジャケットは問題なく完成しそうだ。

 それならば、わたしはレイシーにもう一つ頼みたいことがあった。

 それをどうすれば了承してもらえるか、わたしは脳内で計算を始めていた。


読んでいただきありがとうございました。

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