99 お仕置き
「紅葉ちゃんは、どうして私をそんなに連れていきたいの?あの集落の人に言われたから?」
「違うよぉ。みんなの幸せのためだよ」
「幸せって……」
「だってママが言ってたもん。そうしたら、パパも帰ってくるって」
パパが帰ってくる?
その言葉に、この前紅葉ちゃんが打ち明けてくれた悩み事を思い出した。
てっきり嘘だと思っていたけど、そうではなかったらしい。
「紅葉ちゃんのお父さんと私には、何の関係もないよ?」
「ううん。だってママがパパを追い出したの、かすみんのせいだもん」
「私の?」
「うん。あ、でもかすみんに怒ってるわけじゃないよ?かすみんも知らなかったんだから、しょうがないし」
話の意図が見えずに黙り込んでいると、紅葉ちゃんは困ったように笑いながら続ける。
「こないださ、かすみん逃げちゃったでしょ?せっかく連れてってもらったのに」
「……逃げたって……あんなの、誘拐でしょ?私は……」
「誘拐じゃないってば。大袈裟だなぁ。とにかくね、逃げちゃったところまではまだよかったんだけど、そのときパパが変なことを言っちゃって、ママたちのことを怒らせちゃったの」
「え、あそこに、紅葉ちゃんのお父さんがいたの?」
思わず声を上げると、紅葉ちゃんは首を傾げて少し考え事をしているようだった。
その後「あ」と納得したように頷く。
「そっか、自己紹介とかしてなかったんだったね。かすみん、うちのママにもパパにも会ってるんだよ。長時間ドライブ、いっしょに楽しんだでしょ?」
そう言われて、ようやく理解した。
運転をしていた女性と、後部座席に座っていた顔に傷のある男。
彼らが紅葉ちゃんの両親だったのだと。
それにしては、父親はずいぶんと若かった気がする。
そう思ったが、あえて口には出さずに話の続きを待つ。
「パパって見た目はコワモテって感じなんだけど、感受性が豊かっていうか、共感性が高いっていうか?とにかく感情移入しやすいタイプなんだよね。かすみんと山倉くん、手つないだままずっと震えてたんでしょ?それで、かわいそうになっちゃったんだって」
「かわいそう……」
「うん。このまま放っておいてあげた方がいいんじゃないですかって。家に帰してあげましょうって」
そう語る紅葉ちゃんは、儚げな顔をしていた。
今にも壊れそうな、少し虚ろな表情に息が詰まる。
「だから、今お仕置き中なの」
少しだけ、眉を寄せて紅葉ちゃんが言った。
お仕置き。
かわいい言い方だが、あの一族のことだ。
きっと親が子するようなそれとは、まったくの別物なのだろう。
「家を追い出されたパパは、今は集落にいるの。この前電話で話したんだけど、あんまり元気がなくって心配なんだ」
「それは……」
「でもね、私がかすみんを連れてったら、パパのこと許してくれるんだって。だから、いっしょにきてもらわないと困るの。……かすみんにとっても、悪い話じゃないんだよ?さっきも言った通り、衣食住には困らないし、娯楽だってある。好きな人も連れていける。だからさ、いっしょに帰ろ?」
「……ごめん」
「だからごめんじゃ困るんだってぇ……。もう、どうしよ。どうしたらわかってもらえるかなぁ」
頬に手を当てて、紅葉ちゃんがため息をつく。
嘘を言っているようには思えない。
彼女は本当に、父親を助けたいのだ。
そのために、私を差し出そうとしている。
そしてそれが私のためにもなると本気で信じ込んでいるから、どうしようもない。




