表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/144

97 あるべき場所

 何か揉めているのだろうか。

 しばらく時間が経ったものの、話し声がずっと聞こえているだけで、箱が動く気配がない。

 迎えを待っているのかとも思ったけど、それにしてはまるで口論でもしているかのような雰囲気だ。

 ただ荒い口調で話しているらしいことがわかるだけで、内容までは聞き取れないけど。


 体力を温存しておこうかと考えていたけれど、このままこの場をしばらく動かないのであれば、一縷の望みにかけてみてもいいかもしれない。

 私はまた身をよじって、箱の中で腕を動かす。

 後ろ手に縛られているから可動範囲は狭いけど、それでも手の感覚に神経を集中させる。


 何か音を立てられるようなものはないか。

 そうしているうちに、指先が何か硬いものに触れたことに気付いた。


 その瞬間、突然飛び込んできた光に、私は反射的に目を瞑った。



「かすみ!!」



 聞きなれた声がして、ゆっくりと目を開く。

 涙とまぶしさで、視界が悪い。

 突然開いた箱からぐらりとバランスを崩して転がりそうになる私の身体を、誰かが受け止めた。


 口元のテープが剝がされる。

 引き攣る肌がひりひりと痛んだけれど、それ以上にようやく満足のいく呼吸ができたことに安堵した。

 嗚咽交じりに必死に息をしていると、柔らかい布で顔を拭われる。


 しばらく荒い呼吸を繰り返して落ち着いたところで、腕の拘束も解かれた。

 さすった手首は、すり切れて血が滲んでいる。

 痛みに顔を顰めると、一回り大きな手のひらがそっと重ねられた。



「ユキ……」



 顔を上げると、ぎゅっと眉間にしわを寄せた雪成と目が合った。

 そのまま視線をスライドさせると、父が私と雪成を背に庇うように立っていた。

 先ほど私の名前を呼んだのも、父の声だったのだとここでようやく気づく。


 父に対峙している紅葉ちゃんは、少し苛立ったような顔をしていた。

 隣には、見たことのない男子生徒が数人。



「も……みじ、ちゃん……」



 思わずつぶやく。

 紅葉ちゃんはふっと私に視線を向けたあと、ふわりと微笑んだ。

 いつもの紅葉ちゃんとも、さっきまでの冷たい表情の彼女とも違う、初めて見る顔。



「あーあ、痛そう」



 なんでもないことのように、紅葉ちゃんが言う。



「中で暴れてたの?無駄なことなのに頑張ってたんだ。健気でかわいいね」


「な、なんで……」


「本当はあんまり手荒なことはしたくなかったんだけど、ガードが固くって……ごめんね?」



 コテン、と首を傾げて謝るものの、紅葉ちゃんには「悪いことをした」という認識はないように見えた。

 状況にそぐわない無邪気さが薄気味悪くて、私はじっと彼女を見ることしかできない。



「なぜこんなことを?君は、かすみの友人なのだろう?」



 厳しい口調で、父が訊ねる。

 紅葉ちゃんは父の質問には答えず、私に向かって手を伸ばした。



「さ、帰ろう?」



 当たり前のように発せられた言葉に、私は首を振って拒否する。

 紅葉ちゃんは駄々をこねる子どもを見るかのような困った顔をして、その場にしゃがみこみ、私に視線を合わせた。



「いやなの?でも、わがまま言っちゃいけないんだよ?」


「……ど、こに……帰るの……?」



 絞り出すように問うと、紅葉ちゃんは至極真っ当なことを言うような調子で口を開いた。



「もちろん、あなたのあるべき場所へ」



 あの日の老婦人と、紅葉ちゃんの姿が重なる。

 絶望的なほど打ちのめされる私の頬を、枯れるほどこぼしてもいまだ枯れない涙が伝うのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ