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96 拘束

 ガタガタと揺れる感覚に目が覚めた。

 体を動かそうとして、ぎちっとした圧迫感に気付く。

 身体を折りたたんだ状態で、小さな箱のようなものに詰められているらしい。

 腕は後ろ手で縛られているらしく、動かすとひものようなものが食い込む感触がした。

 ほとんど身動きができない状態に、冷や汗が滲む。


 揺れているのは、移動しているからだろうか。

それにしても、振動が直に伝わってくる感じがする。

 助けを求めようと口を開こうとしたところで、口元にテープのようなものが貼られていることを知った。


 なんで、どうして……!

 友だちだって信じていたのにっ!


 パニックになりながら、心の中に渦巻くのは裏切られたショックと恨み言ばかり。

 さっき見た紅葉ちゃんの冷たい表情といつもの屈託のない笑顔が交互に浮かんできて、テープの奥から嗚咽が漏れる。

 涙で顔がぐちゃぐちゃになっていくのを感じつつも、状況を打破するべく身をよじった。

 しかしほとんど動かせない身体では何もできなくて、呻き声を出しながら必死で腕をほどこうともがく。

 ただ強く縛られているのか、いくら動かしても緩む気配すらない。


 箱の中には、緩衝材としてスポンジのようなものが詰め込まれているらしい。

 必死で身体をねじっても、スポンジに衝撃が吸収されてほとんど音がしない。

 半狂乱で暴れたところで、外にはほとんど聞こえないのだろうと悟って血の気が引いた。


 そのとき、ふいに箱の動きがとまった。

 どうやら移動を止めたらしい。

 このまま車にでも乗せられるのだろうかと絶望する。

 箱の外からは、誰のものかはわからないが話し声がうっすら聞こえてきた。


 このまま逃げ出せる見込みもないのに暴れ続けていていいのだろうか。

 必死でくぐもった声を上げても、箱の外には聞こえない。

 箱が開くまで、体力を温存していた方が得策かもしれない。

 そう思っても、身をよじるのをやめられなかった。


 怖い、痛い、怖い。


 殴られた頭がじんじんと痛む。

 縛られた腕がこすれて熱を持っている。

 浅い呼吸を繰り返しているせいか、鼻呼吸だけでは酸素が足りなくて苦しい。


 今の私の身体からは、信じられない量のもやが出ているはずだ。

 それが箱の中から漏れ出て、外にいる誰かが箱を開けるよう促してくれたらしいのに。



「……うっ、うぅ……」



 泣きながら、一人で教室へ戻ったことを後悔した。

 それと同時に、そんなことを考える自分を軽蔑した。


 雪成についてきてもらうべきだった。

 でもそうしたら、また彼を巻き込んでいた。

 怖い思いをするのは自分一人で十分だと思っていたはずなのに、道連れにしようとする弱い自分に腹が立つ。


 それでも、無理に押し込まれた車の中で、雪成の手のぬくもりだけが救いだった。

 あの瞬間を思い出しては、一人きりの現状に絶望し、助けを求めようとする自分を蔑む。

 父の顔も、雨音さんの顔も、恭太さんや悠哉さんの顔も、小春さんの顔も一切浮かんでこなかった。


 困ったように笑う顔。

 骨ばった大きな手。

 自分も怖いはずなのに、後ろ手に私をかばってくれた背中。


 どうしてこんなときに。

 ふっふっとおかしな呼吸をしながら、私は気づいてしまった。


 恋なんて自制が聞かないものだと言ったのは、誰だったっけ。

 頭の奥でそんなことを思いながら、蕾の開いた恋にうなだれることしかできない。

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