表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/144

95 逆光

「あれ?かすみん?」



 正面から声をかけられて、顔を上げる。

 その先には、紅葉ちゃんが立っていた。



「どしたの?もう帰ったんだと思ってた」


「あ、忘れ物しちゃって」


「忘れ物?」



 軽やかな足取りで近づいてくる紅葉ちゃんの表情は、逆光のせいかよく見えない。



「宿題のプリント。机の中に入れたはずなんだけど、見つからなくって。今から職員室行くところ」


「あぁ、明日提出だって言ってたもんね」


「うん。どこに行っちゃったんだろ」



 苦笑いしながらそう言うと、紅葉ちゃんが笑った気配がした。

 相変わらず、表情が見えない。

 そこで、ふいに違和感に気付いた。


 いくら逆光とはいえ、これだけ近づいて表情が見えないというのは、なんだかおかしい。

 それにこれは、逆光で見えないというよりも、なんだか霞が掛かっているようだ。



「……紅葉ちゃん?」



 口元からこぼれた声には、震えが混じっていた。

 紅葉ちゃんは黙ったまま、私に近づいてくる。

 思わず後ずさったが、それ以上に距離が詰まる。



「私、知ってるよ」



 紅葉ちゃんが目前まで迫ったところで、彼女が言った。

 後ろ手に回されていた手が差し出され、そこにプリントが握られていることに気付いた。

 プリントの記名欄には「霧山かすみ」と見慣れた文字が書かれている。


 こんなに近くにいるのに、紅葉ちゃんの顔は相変わらずよく見えない。

 ひゅっと喉の奥が鳴る。

 動けずにいる私の腕を、紅葉ちゃんはそっと握った。

 冷たい指先に、本能的な恐怖を覚える。



「つーかまーえた」



 紅葉ちゃんがそう言うと、すがすがしいほどに目の前の霧が晴れた。

 私を見上げる紅葉ちゃんは、いつものあどけない笑みではなく、息を呑むほど冷たい顔をしていた。


 とっさに腕を振り払って逃げようと試みたが、ぐっと力の込められた手はほどけない。

 握られているのは腕だけなのに、どうしてだか全身を締め付けられているような圧迫感だ。



「も、もみじ……ちゃ……」



 すがるような声で言ったが、紅葉ちゃんは目を細めるだけだった。

 そのとき、頭に衝撃が走った。

 カッと体温が上がるような感覚のあとで、じんわりと痛みが広がっていく。


 ああ、殴られたんだ。

 そう気づいたときには、私の身体は崩れ落ちていた。

 床に打ち付けられ、小さな呻き声がこぼれた。


 頭が揺れて、満足に思考ができない。

 ぐらぐらと意識が揺れて、今にも手放してしまいそうだった。

 朦朧としつつも、なんとか現状を把握しようと視線をうろうろと動かす。

 それでも、倒れこんで低くなった視界にうつるのは、複数人の足だけだった。



「さ、帰ろうね」



 そう言って、紅葉ちゃんが私の頬を撫でる。

 紅葉ちゃんのものとは違う腕に身体を抱えられるのを感じながら、私は意識を手放した。

 その刹那、誰かの笑い声が聞こえたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ