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93 雑誌

 教室に戻ると、雪成が口を尖らせて待っていた。

 でも私と手を繋いでいる紅葉ちゃんを見て、仕方なさそうにため息をつく。



「かすみん借りちゃってごめんね」



 おどけたように紅葉ちゃんが言って、私は苦笑する。

 雪成はひらひらと手を振って答えた。



「いーよ。まだ俺のじゃねぇし」



 まだ?

 気になるワードが聞こえたけど、気にしないことにしてスルーした。

 雪成はそんな私の反応をじっとみて、なにが面白いのか、小さく笑みをこぼす。


 紅葉ちゃんは雪成の言葉の意味を知ってか知らずか「じゃあ、私のにしちゃおうかな」なんていたずらっぽく笑った。





「おっ。久しぶりだなぁ」



 学校からの帰り道、雨音さんと雪成と並んで歩いていると、眩しい金髪を煌めかせた男性に声をかけられた。

 その手には、雑誌が握られている。



「マスター!お久しぶりです。お買い物ですか?」


「そ。ちょっと本屋にな」



 楽し気に揺らされた雑誌は、男性ファッション誌のようだ。



「意外っすね。そんな雑誌読むの」



 雪成がいう。

 たしかに、落ち着いた雰囲気のマスターよりも、若い年代の男性が好みそうな雑誌だ。


 マスターはにまっと笑って「これは特別」だと言った。

 その表情がなんとも嬉しそうで、特別の理由が気になって首を傾げる。

 マスターは満足気に笑って、ぺらぺらとページをめくった。

 そしてお目当てのページを探り当てたのか、私たちにぱっと向ける。



「ほら」


「あ」


「おーすげ」



 開かれたページには、ストリートスナップが掲載されていた。

 その中のひときわ大きい写真に、満面の笑みを浮かべたマスターの姿があった。

 そしてその隣には、対照的にむすっとした顔の恭太さんが映っている。



「こないだ用事があって東京まで言ったらさ、声かけられちまって。恭太は嫌だって言ってたんだけど、ふたりで雑誌に載るなんてめったにない機会じゃん?俺とカメラマンとで頑張って口説き落として、ようやくオッケーもらえたんだ」



 撮影までに涙ぐましい努力があったらしく、マスターは感極まったように拳を握りしめる。

 必死に頼み込むマスターに苦い顔をする恭太さんの姿が容易に想像できて、私は思わず笑ってしまった。



「まぁ、おかげで痛い出費になったけど」


「出費?」


「写真撮る代わりに、回らない寿司驕る羽目になっちまって」


「あぁ……」



 人の金だと思ってたらふく食いやがってさ、なんて言いながらも、マスターの表情は緩み切っている。

 そのとき、小さなバイブ音が響いて、マスターがポケットからスマートフォンを取り出した。

 画面をみて、小さく「やべっ」と呟いたマスターは、大事そうに雑誌を抱えなおした。



「そろそろ店に戻んねぇと。じゃ、またな!」



 そう言って、マスターは軽やかな足取りでかけていった。

 その後ろ姿を眺めながら、雨音さんがぽつりと一言「で、あれは誰だ?」と呆れたように言う。

 紹介すらしていなかったことにようやく気付き、私と雪成は顔を見合わせた。



「喫茶店のマスターです」


「喫茶店?」


「恭太さんに紹介してもらって」


「どこまで知ってる人?」


「どこ……あ、もやのことは知ってます。喫茶店の奥の席で訓練させてもらってて」


「ふうん」



 じっと、雨音さんが小さくなっていくマスターの背中を見つめる。

 その厳しい眼差しは、マスターが敵かどうか見定めているようにも見えた。

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