88 戸惑い
しばらくするとスーツ姿の父が出てきた。
そのまま流されるように、父と雪成とともに家を出て、父の車に乗り込む。
そして高校のそばのコンビニで降り、父に見守られながら校門をくぐった。
雪成は「腹いっぱいー」とか「ねみー」とかどうでもいいことばかり呟いている。
まるでこの前の事件なんてなかったみたいな態度だ。
「どういうつもり?」
さすがに耐え切れず、改めて訊ねる。
雪成は私をチラリとみて「もうやめたんだ」と答えた。
「やめたって?」
「遠慮するの」
「遠慮?誰に?」
「お前に」
「……遠慮されたことなんてあったっけ?」
心当たりがないのでそう返すと、雪成は困ったような呆れたような顔をして笑った。
そしてバシッと私の背中を叩く。
「いった!」
そう言って睨みつけたが、雪成は笑うだけだった。
これ以上は教えてもらえなさそうだと察して、私は話題を切り替えることにした。
「っていうか、一緒にいたらまたこの前みたいに巻き込んじゃうでしょ。しばらく私には近づかないでほしいんだけど」
「無理」
「うん、じゃあ……って無理?!なんで?」
「無理なものは無理」
そう言っているうちに、私のクラスに到着した。
意味不明なことばかり言う雪成に呆れて席に向かうと、なぜか雪成までついてくる。
首を傾げて「クラス違うでしょ?」と言うと「うん」というのに、なぜか歩みは止めない。
「ちょっと、困るって」
学校では雪成と幼なじみだということは知られたくない。
そう思って小声でいうものの、雪成は聞こえないとばかりに私の席までついてきてしまった。
そのまま窓際のもたれるように立つ。
本当に何をしてるんだ。
途方に暮れたような気持ちで荷物を置くと、雪成は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
人が困っているのを楽しんでいるのか、むっとしながらも頭を回転させて対処法を考える。
それでもとくにいい方法が浮かばず「座んねぇの?」と雪成に訊ねられるまま、席に腰を下ろした。
雪成はそんな私に満足したのか、昨日見た動画がどうとか、コンビニの新作パンがどうとか、またどうでもいいような話ばかりを繰り返す。
表立って無視するわけにもいかず、生返事を返していると「……ひぇっ!?」と小さい悲鳴じみた声が聞こえてきた。
「や、山倉くん……?」
「ん?おはよ」
おそらくただのひとり言だっただろうに、挨拶を返されてしまった藤堂さんは、ぴゃっと肩を跳ねさせて「お、おはよっ」と裏返った声で返した。
目を合わせられないのか、視線は下の方に向けられている。
まさに恋する乙女そのものといった態度に、そういえば前に彼女に雪成との関係を問われたことがあったなと思い出す。
あれ?
まさかまた誤解されるやつじゃない?
そう焦った瞬間、予冷が鳴り響いた。
雪成はちらりと時計を見て「じゃ、あとでな」と言って教室を出て行った。
あとで、の意味を考えるのが怖くなって現実逃避しながら、私はチラチラと向けられる藤堂さんからの視線に耐え抜くことしかできなかった。




