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87 朝食

「ちょっと、無罪を主張するっていうから連れてきたのに、何言ってるのよ!」


「何って……無罪は主張したよ?」


「ほとんどしてないようなもんじゃない!」


「凪は細かいなぁ」



 顔を青くして訴える凪さんを飄々とかわしながら、悠哉さんは父に視線を向けた。

 父は無表情のまま悠哉さんを見ているが、そこに怒りの色はないように見える。



「……まぁ、この状況では何を言っても水掛け論にしかならないだろうな」


「でしょう?」


「一番疑わしいとはいえ、不躾だった。申し訳ない」


「こちらこそ、売られた喧嘩は買う性分でして、失礼しました」



 父の謝罪に、冗談なのか本気なのかわからない返答をして、悠哉さんは笑う。

 父もつられて表情を崩した。


 それを確認して、悠哉さんは足元に置いていた鞄を手に取った。

 そしてしばらく中をごそごそ漁っていたかと思えば、ひとつの小さな箱を取り出して私の前に置く。

 悠哉さんの手によって開かれた箱の中には、見覚えのある石が鎮座していた。



「……これ」



 透き通るような鮮やかな黄色。

 あの老婦人に取り上げられたものと多少形は異なるけど、まぎれもなく同じ種類の石だ。



「予備にと取り寄せておいたんだ」


「……!」


「こんなに早く使うことになるとは思わなかったけど。さぁ、どうぞ」



 促されて手に取ったそれは、以前のそれと同様に、私のもやを吸い取ってくれる。

 ほかの石に触れたときとは違う独特の感触に、私の視界がじんわり歪む。



「すみません」



 父が言うと、悠哉さんはひらひらと手を振った。



「アフターサービスの一環ですよ」



 その後病院で今後の対応について話し合いをした。


 病院での訓練は一時中断すること。

 定期検診は保護者の付き添いの元継続して受けること。

 そして、悠哉さんや恭太さんと保護者の同伴なしに接触しないこと。


 ほとんどが悠哉さんからの提案だった。

 今は安心できる環境を整えることを優先すべきだと。

 父もそれに同意し、もめることなく話し合いは終了した。





 翌日、アラームの音で目を覚ました私は、寝ぼけ眼のまま身支度を整える。

 泥だらけになってた制服は、クリーニングに出してすっかりきれいだ。

 あれだけ森の中をさまよってよく破れなかったな、などと考えつつ、リビングの扉を開ける。



「おはよ」


「……は?」



 予想外の人物に挨拶をされ、私は口をあんぐり開けて固まった。

 そんな私を尻目に、雪成はまるで自分の家かのように食卓に座り、ごはんをかっこんでいる。



「え、何してんの?」


「朝飯くってる」


「食べてこなかったの?」


「家でも食べたんだけど、勧められたから」



 は?

 勧められたから朝ごはん2回戦目やってるわけ?


 うまく回らない頭でそんなことを考えていると、母に「あんたも早く食べちゃいなさい」と促される。

 ぼんやりしたまま席に着き、味噌汁をすすった。

 ふんわりと優しく香るだしと味噌の風味。

 ほっと落ち着く味だ。



「……じゃなくて!なんで朝からうちにいるの?」



 はっとして突っ込む。

 そもそも雪成が家にくるのなんて、いつぶりだろう。



「こら。せっかく迎えに来てくれたのに、なんて言い方してるの」


「いいんすよ。言ってなかったんで」


「もう。ごめんね、ユキくん」



 状況についていけない私を置き去りに、母と雪成が会話する。

 頭を抱えていると、ケラケラとのどかの笑い声が聞こえた。



「お姉ちゃん、慌てすぎ」


「いや、だって……」


「いいじゃん、いいじゃん。同じ学校なんだから、たまにはいっしょに行けばいいじゃん」


「いや、いいじゃんって……」



 戸惑いつつ、諦めて食事を再開する。

 こんがりと焼き目のついた鮭に箸を入れると、ほろりと身がほぐれていった。

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