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86 ピリピリ

 それから先生に促される形で、私は先日の事件について説明した。

 事前に雨音さんからあらましを伝えてもらっていたようで、聞き取りというよりも確認の意味合いの方が強かったように思う。

 話を終えた私の傷の具合を確認して、先生は眉を下げた。



「高校生たったふたりで……よく頑張ったね。いっしょにさらわれた子は怪我してない?」


「私と同じで、軽い擦り傷程度だったと思います」


「そっか。必要であれば診断書を出すと伝えておいてもらえるかな?」


「はい」



 私たちのやりとりを、恭太さんも悠哉さんも口を挟まず眺めていた。

 涼しげな表情からは何を考えているのか読み取れず、いまだに彼らが敵か味方かもわからない。

 それでも、父が大人しく彼らをこの場にとどめているということは、少なくとも現在は敵だと断定していないということだろう。



「でも、どうしてこんな急に……」



 ポツリと小春さんがつぶやく。

 凪さんは今にも泣きそうな顔で、不安そうに悠哉さんに視線を向けていた。



「ま、かすみさんの現状が向こうに漏れたんだろうねぇ」



 悠哉さんは何でもないように言った。

 父がピクリと眉を動かし、非難の目を向ける。



「漏らした、のではなく?」


「どうだろうねぇ」



 のらりくらりと話す悠哉さんに、雨音さんが苛立ったように舌打ちをする。

 ピリつく空気に身体を強張らせながら、私はただ大人たちへうろうろと視線をさまよわせていた。


 ふいに、恭太さんと視線がぶつかった。

 先ほどまでつまらなさそうにあくびをかみ殺していたのに、いつのまにか私に視線を向けていたのか。

 慌てて目をそらすと、小さな笑い声が耳をついた。


 ガタン、と椅子の揺れる音がして、それから確かな足音が私に近づいてくる。

 私は黙り込んだまま、ジーパンの上に乗せた手を握りしめていた。


 そらし続けていた視線の先に、ひょこっと恭太さんが入り込んできた。

 私は驚いて「うひゃっ」とかなんとか、変な声を漏らしてしまった。



「こら」



 軽くたしなめるように、悠哉さんが声を上げる。

 恭太さんはおかしそうに笑いをかみ殺したあと、私の肩をポンポンと軽く叩いた。


 恭太さんはしばらく笑ったあと、呼吸を落ち着けてから「かわいそうだからさ」と口を開く。



「あんまりピリピリするのはやめてあげなよ。警戒心むき出しの猫みたいになってる」


「猫って……」


「そんな鳴き声だったでしょ」



 また思い出したように、恭太さんがくすくす笑う。

 そんな顔を見ていたら、ほろりと緊張がほどけていくような気がした。



「まぁ、疑いたくはなるでしょうけどね。でも俺たちから言えることは、かすみさんに危害を与えるつもりは一切ないということだけです」



 まっすぐに私を見つめて、悠哉さんが言う。

 にっこりと優しく微笑まれて、私も気づくと微笑み返していた。



「無実を証明することはできません。悪魔の証明、なんていう言い方をするくらいだからねぇ。だから信じてもらいたいとは思うけど、信じられないならそれでもいいと思う」


「……いいんですか?」


「まぁ、俺なら信じないだろうなぁ」



 ケラケラと悠哉さんが笑って、凪さんが慌てたように「ちょっ!」と声を上げた。

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