83 強引
怒っている美人って、迫力があるんだな。
緊張感が高まりすぎて、逆に間の抜けたことばかり浮かぶ。
恭太さんは鋭い眼差しでじっと私を見つめたまま、返事を待っている。
冷や汗をダラダラかきながら黙りこくっている私に、まるで「逃がさない」とでも言うような視線だ。
「べ、別に、何も……」
絶対にごまかされてはくれないとわかっていても、悪あがきをしてしまうのが人間というものだ。
恭太さんはふっと真顔になって「嘘はダメだよ」と呟いた。
もうだめだ。
そう思って頭が真っ白になった瞬間、ドアの前に大きな手が差し込まれた。
「……誰?」
不機嫌そうに恭太さんが言う。
唖然としている私からは、その手の持ち主は見えない。
大きな手が、恭太さんの細い手首を掴み、ドアから手を退けさせようとしている。
しかし華奢に見えて、恭太さんは意外と力が強いらしい。
手首を引かれてもびくともせず、ドアを握りしめてたままだ。
「強引な男はモテないぞ?」
そうこぼれた声に、私はようやく手の持ち主が雨音さんだと気づいた。
雨音さんは私に言い含めるように「大丈夫だからな」と続ける。
恭太さんは不快感を隠さずに眉を寄せ、小さく舌打ちをした。
そしてドア越しにぐっと顔を近づけられ、私は思わず後ずさりする。
雨音さんが「おい」と非難じみた声をあげたが、恭太さんは私の全身をじっと観察しているようだった。
そして数十秒、いや数秒程度だったかもしれない。
見定めるような視線が私を上から下までさまよったあと、恭太さんの口からは深い深いため息が漏れ出た。
「……ほんっとに最悪の事態じゃないか」
ひとり言のように呟いて、恭太さんはドアから手を離した。
そのすきにドアを閉めてしまいたかったのに、いつの間にかドアの隙間には足が差し込まれていたから叶わなかった。
困惑する私をよそに、恭太さんはどこかへ電話をかけ始めた。
ほとほと困り果てたような声色。
髪をくしゃくしゃと掻きまわすような仕草がなんだか色っぽくて、こんな場面なのにちょっと見惚れてしまった。
「とにかく、今すぐ来て」
しばらく何かを話したあと、恭太さんはそう言って電話を切った。
そして私に向き直り、少しだけ微笑んで見せる。
先ほどまでの冷たい笑みじゃない、どこか温かさを感じさせる微笑み。
「怖がらせてごめんね」
そう言って足を引き抜いた恭太さんは、そっとドアを閉めてくれた。
私はしばらく呆然とドアを眺めていたが、雨音さんが外にいることを思い出し、恐る恐るドアを開いてあたりを窺う。
ドアの隙間に顔を近づけたところで「こらっ」という声が降ってきて、ともにおでこに衝撃を感じる。
じんじんと軽く痛む額を手で押さえていると、ムッとした顔の雨音さんがこちらを覗き込んでいた。
「なんでまた開けてんだ。ちゃんと隠れてろ」
「で、でも雨音さんが」
「俺のことは気にしなくていいから」
「え、僕がこの人に何かすると思われてるの?それは心外なんだけど」
当然のように響いた恭太さんの声に、肩がびくっと揺れた。
てっきりもう帰ったとばかり思っていたから、油断した。




