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 それから数日は、学校にも行かず、家の中で過ごした。

 疲れのせいか、ストレスのせいか、ずっと微熱が続いていたのだ。

 母は甲斐甲斐しく看病してくれたが、父からは何も聞かされていないらしい。

 普段とは何も変わらない母の様子に、私はどこか落胆した気持ちになりつつも、日常を取り戻していった。


 今日は日曜日。

 ようやく昨日熱が下がり、体調も落ち着いてきた。

 明日からは学校に行く予定だが、父は難しい顔をして「送迎はさせてもらう」と言った。

 それに加えて、用意された小さなキーホルダー。

 シンプルで飾り気のないデザインのそれは、小型のGPSなのだという。

 もしもの事態に備えて、外出時は肌身離さず持ち歩くよう言われた。

 

 過保護、とは言えなかった。

 実際に事が起こってしまったあとだったし。


 あれから、雨音さんは1日だけ家に泊まって、翌日からはホテル住まいをしているらしい。

 雨音さんはあの小屋に戻って情報収集をすると主張していたが、父が断固として反対したのだ。

 万が一、雨音さんが私たちを逃がしたことが知られた場合、安全が保障できないからと。


 雨音さんは不満げだったが、必死になって引き留める父に気をよくしたのか、話の最後の方は口元をムズムズさせて笑みを堪えているようだった。

 長年の誤解が解けた反動なのか、強すぎる執着のせいなのか。

 どちらにせよ、雨音さんが味方で空いてくれることには心強さを感じる。

 それでも家に泊まり続けることを拒否したのは、遠慮というより、家庭という自分の知らない世界の父の姿に慣れないせいなのかもしれない。


 リビングでのんびりテレビを眺めていると、ふいにインターホンが鳴り響いた。

 母は洗い物をしていて手が離せず、父は外出中だ。

 私は少しだけ怯えつつ、恐る恐るインターホンの画面を見る。


 画面の先には、見知った美人が腕組みして立っていた。

 その瞬間、ひゅっと息が詰まる。



「かすみ?どなた?」



 母に問われ、私はとっさに「多分セールス」と答えた。

 訪問営業には居留守を徹底している母は「そう」と興味なさげに視線をシンクの中に戻す。


 恭太さんはしばらくその場に立っていたが、やがて諦めたらしく踵を返していった。

 私はほっと胸を撫で下ろす。

 恭太さんが祖父母側の人間なのかはわからない。

 正直言うと、そんなことないと思いたい。

 でもあの日の恐怖を思い出すたび、それにつながる人物への警戒心は増していく。

 今はどうしても、恭太さんには会いたくなかった。

 もちろん、悠哉さんや凪さんにも。


 しかしその後間もなくしてけたたましく鳴り出した電話のコール音に、私は肩を跳ね上げた。

 まさか、と思いつつも、表示された電話番号に息をのむ。

 アリハラダイガクビョウイン。

 液晶に浮かび上がったカタカナを前に、どうしたものかとおろおろする。

 そんな私の横から、細い腕がすっと伸びて受話器を上げる。

 いつの間にか洗い物を終えたらしい母が「早く出なさい」とでも言いたげな目で私を見てから口を開いた。



「はい、もしもし〜?いつもお世話になっております」



 いつもよりもワントーン高い母の声に背を向けて、私は部屋に戻ろうと足を踏み出した。

 しかし無情にも、母は当然のように私を引き留める。

 差し出された受話器を仕方なく耳に当てると『かすみちゃん?』と聞きなれた声が響いた。

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