8 幼馴染
「今日って病院?」
「そうだけど」
「どうりで。今日見かけないなって思ってたんだよな」
はははっと明るく雪成が笑う。
背がずいぶん伸びて、大人びた顔つきになってきたけど、笑った顔は子どものころとあまり変わらない。
小さい頃は、雪成とばっかり遊んでいた。
雪成も、雪成のお母さんと同じく、私のもやを怖がらなかったから。
子どもながらに、私の纏うもやの異質さを理解していたのだろう。
幼稚園でも小学校でも、私は「おばけ」と呼ばれ、いじめられてきた。
陰で悪口を言う子もいれば、私が近づくだけで泣いて逃げ出す子もいた。
石を投げつけられたり、木の棒で叩かれたりしたことだって、数えきれない。
母は私が怪我をして帰ってくると、幼稚園や小学校に苦情をいれていた。
そのたびに先生がクラスの子たちに「かすみちゃんはおばけじゃありません」「病気なんだから、優しくしてあげないといけません」なんてもっともらしく話すのだ。
でももちろん、それで何かが変わるわけじゃない。
一時は落ち着いても、また繰り返される。
雪成は私がいじめられてると、かばってくれた。
ほかの子に「気持ち悪くないのか」と問われても、本当に理解できないという顔をして「どこが?」と問い返すような子どもだった。
私の異質さをまったく意に介さない彼の存在がなければ、私は今頃外に一歩も出られなくなっていたかもしれない。
そんな雪成と距離を取り始めたのは、中学2年生になったころだった。
中学1年の終わりごろから、雪成の背が急に伸び始めた。
雪成はもともと整った顔立ちをしていて、人気のあるタイプだった。
しかしそれまでは身長が低かったこともあり、弟のように見られることが多かったのだが、背が伸びてから異性として意識する女子が増えたのだ。
そうしてモテはじめた雪成のそばには、異様な幼馴染の存在がある。
私がクラスの女子の顰蹙を買ったのは当然のことといえるだろう。
ただでさえ煙たがられていたのに、さらに恨みを買うなんて自殺行為だ。
そう思った私は、雪成と距離をとることにした。
雪成は納得いっていない様子だったが、私の気持ちを汲んでくれたのか、高校に進学してからは学校内で私に絡んでこなくなった。
それがありがたくもあったが、少し寂しくもあった。
勝手だと言われてしまえば、そうなのだけど。
雪成と距離をとるようになってから、呼び方も変えた。
いつ誰が見ているかわからないのに、気安く「ユキ」なんて呼んだらどうなる?
想像しただけで寒気がするのは、私が人の悪意にさらされ続けて敏感になっているせいなのかもしれない。
そんな私の事情は、雪成には関係ないことだってわかってる。
それでも私は、これ以上人に嫌われたくない。
「今日はなんか多いな」
ポツリと雪成が言った。
何が、と問わなくてもわかる。
私を包むもやのことだろう。
さっきまで落ち着いていたのに、気を抜いたらすぐこれだ。
思わず舌打ちしそうになるのをこらえていると、雪成の小さく吹き出す声が聞こえた。
思わず睨みつけたが、もやのせいで視界が悪く、雪成がどんな顔をしているのかわからない。
もやを軽く手で払うと、楽しそうに目を細めて笑う雪成が垣間見え、すぐにもやの中に消えた。
「何がそんなにおかしいわけ?」
非難めいた口調で問うと、雪成は黙って私の頭を軽く叩いた。
抗議のつもりで冷たい視線を向けたが、雪成にはどうせ見えていない。
雪成は、私なんかに絡んで何が楽しいのだろう?
雪成の行動ひとつひとつに過剰反応して、子どもっぽい反応をしてしまう自分に苛立ちながら、私はため息を吐いた。




