79 手当て
お風呂のお湯の温かさが、疲弊した心と体にじんわりと染み渡る。
ほうっと息を吐いて湯船につかっていると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
擦り傷だらけの足がしみて痛かったけど、それよりも心地よさが勝った。
お風呂って偉大だ。
そんなことをぼんやり考えていると、急にお風呂の扉が勢いよく開いて変な声が出た。
戸惑う私に構わず、のどかが湯船の中を覗き込んでくる。
いくら妹でも、裸をまじまじとみられるのは気恥ずかしい。
出て行ってほしいという気持ちを込めて「ちょっと……」と苦言を呈そうとしたが、すぐに「黙ってて」と遮られてしまった。
しばらく私の全身を観察していたのどかは、くるりと背を向けて浴室を出て行った。
何だったんだろうと湯船から上がり、バスタオルで身体を拭いていると、また勢いよく脱衣所の扉が開かれた。
デリカシーというものをどこかに置き忘れてきたらしいまどかは、かろうじて扉は閉めてくれたものの、遠慮一つせずにずんずんと迫ってくる。
ぴったりと距離を詰められつつも、頭にタオルを巻いて下着を身に着ける。
そして部屋着に手をかけたところで「ストップ」と腕を掴まれた。
「座って」
そう言われても椅子なんてないのだが、言い知れぬ迫力に負け、大人しく床に座り込む。
そんな私の前にのどかもしゃがみこみ、足を伸ばされた。
そして傷だらけの足に、薬箱からとってきてくれたであろう軟膏をせっせと塗りたくられる。
「あ、ありがと……」
「どーいたしまして」
自分で塗れるのに、と言いたかったけど、一生懸命私の世話をしてくれるのどかを見ていたら、声に出せなかった。
べたつく軟膏の感触は苦手だけど、のどかの指先はお風呂上がりの身体に比べてひんやりとしていて、心地よい。
「何をどうしたら、こんなに傷だらけになるわけ?サバイバルでもしてきたの?」
「……そんなとこ」
「はぁ?!」
のどかは口をパクパクと動かしたあと「はーーーっ」と深いため息を吐いた。
詳しい事情を話すよう促されたが、どこまで正直に話していいものか判断がつかず、言葉に詰まる。
そんな私に顔を寄せ、のどかはちょっとだけ怒った顔を作る。
「正直に吐け。吐いたら楽になるぞ」
「なにそれ、取り調べ?」
「いいから。最初から最後まで全部話して。隠し事は一切なし」
「でも、お父さんに聞かないと……」
「お父さんは秘密主義だからダメ。全部内緒にしとけっていうに決まってる」
「……秘密主義って……」
「だってお父さん、お母さんと結婚する前の話とか絶対してくれないじゃん。今回のことだって、詳しいことは何にも教えてくれなかったし」
ぷくっと頬を膨らませながら、のどかが言う。
のどかの言い分は理解できる。
きっと私がのどかの立場なら、このまま引き下がれないだろう。
「……わかった」
私は早々に誤魔化すことを諦めて、手早く着替えを済ませてから「部屋で話そう」とのどかを促した。
父には怒られるかもしれないけど、そもそも内緒にしておきなさいとはいわれていない。
「でも先に、髪乾かしなよ」
そう言って、まどかが洗面台からドライヤーを取り出し、手招きする。
どうやら乾かしてくれるらしい。
私はありがたく好意に甘えることにして、瞼を下した。
私の髪を乾かすのどかの手つきは少し乱暴で、でもどこまでも優しかった。




