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77 抱擁

 見慣れた街並みに安堵の息を吐いたのは、それからしばらくしてのことだった。

 雪成の家の前で停まった車から、父に促されて雪成が降りる。

 離れていく指先を名残惜しく思いながらも「お前はここで待ってろ」と父に言われ、大人しく雨音さんと留守番をしておく。


 インターホンを父が押してすぐ、雪成のお母さんが勢いよく玄関扉を開けた。

 そしてがばっと雪成を抱きしめる。

 雪成はしばらく抵抗していたが、必死でしがみついてくる母親を無理に引きはがすことはできず、諦めたように手を横にだらんとぶら下げた。


 父は何度も何度も雪成のお母さんに頭を下げていた。

 当然だろう。

 今回の件は、雪成にとっては何の関係もない、ただただ巻き込まれただけのこと。

 このまま付き合いを断つよう言われるのかもしれないと思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。


 しばらく息子のことを抱きしめていた雪成のお母さんは、車の後部座席から様子を窺う私に気付いたらしく、足早に近づいてきた。

 そして父や雪成が止めようとするのをものともせず、ガチャッとドアを開ける。


 怒られる!

 そう思ってとっさに目を閉じた。

 大事な息子を危険な目に遭わせたのだ。

 殴られても仕方がないと身体を強張らせる。


 しかしそんな私に訪れたのは、痛みではなく柔らかく締めつけるぬくもりだった。

 ぎゅうっと力強く抱きしめられ、困惑する。

 でも雪成のお母さんの肩が小刻みに震えているのに気づいてしまった。



「かすみちゃん、怪我は?!」



 抱きしめる腕が離れたかと思えば、肩を掴まれて揺さぶられる。

 なんとか「大丈夫です」と答えたものの、信用されていないのか、全身を上から下まで観察された。



「ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃない!あちこち怪我して!」


「あ、でもかすり傷で……」


「もうっ!傷が残らないといいけど……」



 そう言って、次はさっきよりも優しく抱きしめられた。

 その腕の中が温かくて、なんだか涙が出てきた。



「ご、ごめんさない……。ユキのこと、巻き込んで、ごめんなさいっ……」



 嗚咽交じりに何とか謝罪すると、コツンと軽く頭を小突かれた。

 雪成のお母さんはちょっとだけ怒った顔をして「だめよ」と眉を上げる。



「あなたは悪いことなんてひとつもしていないでしょ。謝っちゃダメ」


「でも……でもっ……」


「とにかく二人とも無事でよかった。おうちに帰ったら、ちゃんと怪我の手当てをして、ゆっくり休むのよ」



 よしよしと頭を撫でられて、私は頷く。

 柔らかく微笑んだその表情が雪成に似ていて、やっぱり親子なんだとぼんやり思った。


 父と雪成のお母さんはその後も少しだけ何かを話していた。

 再び深く頭を下げた父と、軽く手を振る雪成のお母さん。

 雪成は父と雨音さんに軽く会釈して、家の中へ戻っていく。

 玄関をまたいだ雪成がチラリと私に視線を向けて、小さく手を振ったので、私も涙をぬぐいながら手を振り返した。


 父が運転席に乗り込むと、また車が動き出す。

 雪成のお母さんのぬくもりを思い出しながら、無性に母とのどかに会いたくなった。

 家に帰ったら、抱きしめてくれるかな。

 普段は母のことを煩わしく思っているくせに、こんなときだけ甘えたいだなんて、まだまだ子どもだ。

 そんなことをふわふわと考えながら、私はいまだ止まらない涙をぬぐい続けた。

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