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76 指先の体温

 帰りの時間は、あっという間だった。

 それはまぁ、私がずっと眠りこけていたからだけど。

 肩をゆすられて重い瞼を開けると、すでに馴染みのある地名のサービスエリアまで来ていた。


 あれからすぐに眠った私は気づかなかったが、雨音さんと父が順番に運転しながら、ノンストップでここまで走ってきたらしい。

 ずいぶん顔色が良くなったな、と笑う父はまだ、ぐったりとした顔をしていた。



「そろそろ飯にしようと思うんだが、食べられそうか?」


「うん」


「雪成くんは?」


「はらぺこです」


「よし、じゃあいこう」



 雪成もずっと眠っていたのだろう。

 あくびを噛み殺しながら返事をしていた。


 みんなで連れ立って車を降り、トイレを済ませてから建物の中に入る。

 夕飯の時間をとうに過ぎているから、客の数もまばらだ。


 私はうどん、父と雪成はラーメン、雨音さんはかつ丼を注文した。

 ふわりと香るうどんのだしの匂いが優しくて、ほうっと息をつく。

 疲れ切った体に、じんわりと栄養がしみこんでいくような感覚だ。


 普段よりもハイペースで食べたつもりだったけど、私が半分も食べ終わらないうちにみんな食事を終えていた。

 慌てて箸を進める私に「ゆっくりよく噛んで食べなさい」と父が苦笑する。


 ここから家まで、あと1時間半程度。

 とにかく早く帰って、ベッドで横になりたい。

 そんなことを思いながら、黙々とうどんを胃の中に収めていった。


 食事を終えた後、コーヒーチェーン店でそれぞれコーヒーを買って、車に戻った。

 車内で座ったまま眠っていたせいで身体がガチガチに凝っていたけど、眠気はすっかり冷めている。


 スマホは奪われたままだから、暇つぶしになる道具は何もない。

 手持無沙汰に窓の外を眺めてみても、対向車のヘッドライトのまぶしさに目がくらむだけだ。

 せめて日中なら景色を楽しむ余裕もあっただろうにと、少し残念に思う。


 だらりと垂らしていた手に、ふいに何か温かいものが重なって、肩が揺れる。

 手に覆いかぶさってきたものの正体は、考えるまでもなくわかった。

 下手に騒いで父を刺激しても何なので、黙ったままチラリと雪成の横顔に視線を向ける。

 雪成はなんでもない顔をしたまま、こちらに視線を向けることすらしない。


 昨日からのあれやこれやで、すっかり雪成と手をつなぐことに慣れてしまった。

 気恥ずかしい気がしないでもなかったが、指先に触れる体温が心地よくて、そのまま放置する。


 早く家に帰りたい。

 そう思う気持ちは変わりないのに、どうしてだかもう少しだけ、このままいたいだなんて思ってしまっている自分には気づかないふりをした。


 恋なんて、自制が聞かないもんだもんな。


 いつだったか、マスターに言われた言葉がふいに浮かんできて、私は頭を振った。

 これはいわゆる、吊り橋効果というやつだ。

 不安や恐怖でいっぱいいっぱいだったとき、ずっと雪成がそばにいてくれたから、脳が勘違いしているのだ。


 ドキドキと大げさに脈打つ鼓動にそう理由をつけて、私は目を閉じた。

 上気した頬を持て余しながら、やっぱり今が夜でよかったなんて思いながら。

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