75 到着
国道から距離を取りつつ、森の中を進む。
でこぼことした道に足を取られつつも、立ち止まらずに歩き続けた。
休憩しようかと提案されたけど、ここまで疲労がたまってしまうと、一度立ち止まったら二度と動けなくなる気がして断った。
さすがの雪成も疲れが出たのか、時折苦しそうな息を吐いている。
父はいつの間にか拾ったらしい木の枝を杖代わりにして、ふらつきながら歩いていた。
しばらく進むと、ポツリポツリと民家が見えてきた。
住人らしき人影もちらほら。
私たちは慎重に身を隠しつつも、足を止めずに進み続けた。
朝方に出発したのに、もう昼を回り、日が傾きかけている。
ずいぶんと長い距離を歩いてきたのだと思い知らされるようだった。
「やっと見えてきた」
ため息交じりの声で、雨音さんが言う。
視線の先には、古いながらも手入れがよくされた一軒家。
軒先には、迫力のある大きな車が停まっていた。
「ごっつい車」
そう呟いた雪成の目は、どこか輝いていた。
雨音さんは「男のロマンってやつ」と笑う。
車には詳しくないので車種はわからないけど、見た目はサバイバル系の映画にでもでてきそうな逞しさだ。
「普段は軽トラなんだけどな。使い勝手いいし。あれは完全に趣味」
「その軽トラは?」
「小屋の近く。けど、あそこからだと集落抜けないと出られないからな」
「……初めから車で出られたら楽だったのに」
父が肩を上下させながら言う。
身を隠していたところで、中を改められたらひとたまりもない。
足は限界をとうの昔に超えているけど、やはりこうして地道に歩くしかなかったのだと思う。
家の周囲に人影はない。
しかしいくらでも隠れられる場所はあるので、ひとまず雨音さんが一人で車を取りに行くことになった。
物陰からじっと雨音さんの様子を見守る。
雨音さんは軽い足取りで玄関の戸を開けた。
車のキーを取りに行ったのだろう。
すぐにまた玄関から出てきて、すぐに車へ向かう。
あと少し。
期待と緊張が入り混じった視線で見つめていると、物陰から中年の女性が現れた。
ひゅっと短く息を吸い、口元を押さえる。
離れた場所にいるから息をひそめる必要はないのに、自然と呼吸を止めていた。
雨音さんは二言三言女性と会話を交わし、軽く手を振って別れた。
ただのご近所さんだったのかな、と胸を撫で下ろす。
車に乗り込んだ雨音さんは、ゆっくりと車を動かし、私たちが隠れている道の近くにハザードを焚いて停めた。
勢い良く車に乗り込んだ私たちがシートベルトを締める間もなく、車は再び動き出す。
これでもう大丈夫。
張り詰めていた緊張の糸がほどけるのがわかって、思わず涙がこぼれた。
父と雪成も、深いため息をついている。
やっと帰れる。
1日2日の出来事だというのに、長い時間をあの森の中で、連れ去られる車の中で過ごしたような気分だ。
早く家に帰って、ゆっくりお風呂に入って眠りたい。
そんなことを考えていると、全身をまどろみが包んでいくのを感じた。
「寝ててもいいぞ」
そう雨音さんが言ったのと、瞼が落ちてきたのはどちらが先だったのか。
足の痛みを感じながらも、私は抗えない眠りの中に落ちていった。




