74 国道
そのまま、どれだけ歩き続けただろう。
休憩を挟みつつとはいえ、長い間動かし続けた脚は、すでに限界を迎えている。
膝ががくがくと震えそうになるのを堪えながら、ゆっくりと、でも確実に先を急ぐ。
父も疲れが出ているのか、足取りがずいぶん重くなった。
反対に、雪成と雨音さんは涼しい顔をしている。
雨音さんは森を歩き慣れているのだろうが、雪成はそうではない。
運動部の男子の体力ってすごい、と上がる息を整えながら思った。
このまま下っていくと、隣町へ向かう国道沿いへ抜けるらしい。
そしてそのまま、雨音さんの家で身支度を整えて、家へ帰るのだ。
車の音が、どこか遠くから聞こえてくる。
もうすぐ国道に出られる。
そう思うと、気ばかりが急く。
「……あ……」
灰色のコンクリートが視界にうつり、私は息を漏らした。
ずっと森の中を歩き続けてきたから、道路を久しぶりに見た気がして安堵する。
「ようやく抜けたか」
父もそう息をついて、道路へ出ようと足を踏み出す。
その瞬間、雨音さんが父の肩を引いた。
「待て」
押し殺したような声だった。
身を低くかがめ、雨音さんが周囲を見渡す。
「視界が拓けた場所は危険だ。歩きづらいが、国道沿いに森を進んだ方がいい」
「……確かに……」
車通りの少ない国道は、あの集落へ続いている。
そんな道をぼろぼろの格好で歩いていれば、見つかるのも時間の問題だろう。
それでも、まだ足場の悪い道を延々と歩き続けなくてはならないと思うと、どうしても気分がふさぐ。
思わずよろけると、雪成が肩を支えてくれた。
「大丈夫か?」
「うん……ごめん」
そう言って笑って見せたが、疲労の色は隠せない。
雨音さんはそんな私を見て「車を取ってきてもいいが」と父に視線を向ける。
父は暫し考えたあと、眉を寄せて首を振った。
「どこに見張りがいるかわからない状況で、行動を別にする方が危険だろう。お前と俺の関係が知られているかはわからないが、下手したらお前の実家にも見張りがついてる可能性がある」
「でも、限界だろ?ここからまだ1時間は歩くぞ?」
「……大丈夫、歩けます」
1時間という具体的な数字が出たことで、少しだけ気分を持ち直す。
体力も気力も限界だけど、先の見えない状態で歩き続けるよりもずっとましだ。
顔を上げた私の頭を、雨音さんが軽く撫でてくれた。
その腕を、横から父がガシッと掴む。
「それは父親である俺の役目では?」
「……心の狭い父親は嫌われるぞ」
「なんだと!」
父はそう言って肩を上げたが、すぐにふっと笑った。
そして私に向き直り「疲れたらおんぶしてやるからな」なんて言う。
でも、私は知っている。
父の膝もすでに揺れていること。
それを指摘すると、父は「気のせいだ」と言ったが、日ごろの運動不足がたたっているのは父も同じだろう。
むしろ若さが足りない分、父の方がきついかもしれない。
「すっかりおじさんになっちまったな」
雨音さんが笑う。
雪成は私の隣で爆笑しながら「いざとなったら俺がおぶってやるよ」と言って父に睨まれていた。




