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7 バス

 バスの中は空いていた。

 平日のお昼すぎであるこの時間は、ほとんど混むことはない。


 それでも、少ない乗客は私を見て眉を顰めた。

 まるで異形のものを見るような、恐れと侮蔑の混じった目線が、容赦なく私に突き刺さる。

 いや、彼らにとってはまさに、私は異形の存在なのだろう。


 視線から逃れるように、俯いて座席に腰掛ける。

 なるべくほかの乗客と距離をとって座るようにしているが、私から逃げるように1人の乗客が席を移動した。

 お腹の大きな女性、おそらく妊娠しているのだろう。

 自分以外の命を守っている状態なのだから、より安全を求めるのは理解できる。


 私の見た目に対して、表立って文句を言う人はあまりいない。

 遠巻きに見られながら陰口が聞こえてくることは多いけど、得体のしれない相手にちょっかいをかけると、何をされるかわからないので怖いのだろう。


 私、化け物じゃないんだけどな。


 そう思いながら、タイマーを15分にセットする。

 自宅の最寄りのバス停までは、およそ20分。

 バスがスピード違反でもしない限り、どんなにスムーズに進んでも15分を切る可能性はほぼゼロと言っていい。


 そうして私は、目を閉じた。

 こうしていれば、私は私だけの世界で守られる。

 心ない陰口は、ワイヤレスイヤホンがシャットアウトしてくれるから。


 心の奥のざわつきは止まらないけど、見て見ぬふりをするのだ。

 私の心を殺さないために。






 イヤホンから響くタイマーの音に促されて目を開けると、最寄りの2つ手前のバス停についたところだった。

 もう少しの我慢。

 そう思って窓の外に目を向けると、ふいに頭に軽い衝撃を受けた。


 驚いて顔を上げると、同じ学校の制服を着た男子生徒が、いたずらっぽく「やっと起きた」と笑う。



「……山倉くん」



 不満を込めた声で名前を呼んだのに、山倉雪成(やまくらゆきなり)は涼しい顔で私を見下ろしている。



「その呼び方やめろっていったじゃん、気持ち悪い」


「知らないし」


「前みたいにユキって呼べってば」


「うるさい」



 いたたまれなくなって、ふいっとそっぽを向く。

 雪成はそんな私の態度に、つまらなさそうにため息をこぼした。


 雪成の家は同じ団地内にあり、幼稚園に入る前からの仲だ。

 雪成のお母さんは人当たりがよく、顔も広い。

 ママ友付き合いを避けていた母も、雪成のお母さんの人懐っこさに負けて付き合いを始めたらしい。


 ちなみに母が人付き合いを控えていたのは、私のもやのせいだ。

 はっきりと聞いたわけではないが、母は私のもやに他人が嫌な顔をするのも、同情するのも嫌う。

 だからといって、普通の人のように自然体で接してくれる人なんて、ほとんどいない。


 そんな中、外で転んで泣いていた私をためらいなく抱き起した雪成のお母さんは、特別な存在だと言える。

 私のもやに触れることを躊躇しない人は初めてだったと、いつだったか母が親戚に漏らしていたのを聞いた。


 バスが停まったことを確認し、私は立ち上がる。

 降車口まで進む道中、乗客たちが少しでも私から距離を取ろうと身をよじらせるのがわかって、鼻の奥がつんとした。

 仕方ない。

 そう頭では理解していても、やっぱりいつだって泣きたくなる。


 そんな私の気持ちも知らず、雪成はあとをついてくる。

 ずいぶん距離が近いからか、信じられないようなものを見るような目で、乗客たちは雪成を見つめていた。


 害はありませんよ。

 うつることもありませんよ。


 そう大声で宣言できたらいいのに。

 そんなことを思いながら、私はバスを降りるのだった。

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