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68 執着

「俺はさ、ずっと怒ってたんだ」



 ポツリと雨音さんが言う。



「言ったろ?君のお父さんに、ずぅっと怒ってたって」



 微笑みを絶やさぬまま、私に語りかける雨音さん。

 何を考えているのか、表情からはうまく読み取れない。



「猟師になったのは、この森に入りたかったからなんだ。あの集落では、よそ者は徹底的に排除される。でもこの森には物騒な猛獣も少なくないから、猟師だけは集落の人間でなくても受け入れられている」


「……どうして」


「俺を捨てていったあいつを、諦めきれなかったからだよ」



 そう言った雨音さんは、もう笑っていなかった。

 その視線はまっすぐ私に向けられているはずなのに、私ではない誰かを雨音さんは見ているような錯覚に陥る。



「そんなに、父と親しかったんですか?」


「……どうかな。俺にとってあいつは特別だったけど、あいつにとってはとるに足らない存在だったんだろう」



 雨音さんは自嘲するように言って、ため息をついた。

 そして一言「悪い」と言った。



「こんな話をするつもりはなかった。君に恨み言を言っても意味がないことは、十分理解している」


「雨音さん……」


「君のもやを見ても驚かなかったのは、猟師を継ぐときに爺さんから話を聞いていたからだ。実際集落に出入りする中で、もやを見かけることもあったからな。そして信用できないかもしれないけど、俺は君たちの味方のつもりだ」


「でも、父を恨んでいるんですよね?」



 雨音さんは私をじっと見て、こくりと頷いた。

 明確な肯定だった。


 でも私は不思議と、その正直さがうれしかった。



「どうして取り繕わないんすか?」



 雪成が訊ねる。



「恨んでいないと嘘をついた方が、俺たちの信頼を得られるはずなのに」


「嘘をつく人間を信頼できるか?」


「嘘だと悟られなければ……」


「俺はそんなに器用じゃない。あいつのことは今もずっと恨んでる。きっと一生許すことはできない。……それでも」



 ぐっと雨音さんが唇を噛む。

 眉間に寄せられた皺は深く、雨音さんの心の傷を象徴しているようで痛々しい。



「それでもあいつは、今でも俺の特別なんだ」



 そう言って向けられた雨音さんの瞳には、強い熱情の色がこもっていた。

 雨音さんの言葉に、きっと嘘はない。

 愛と憎しみは表裏一体と言うが、まさにそういうことなのだろう。


 父が集落を離れてから、20年以上。

 それほどの長い時間、雨音さんはずっと父を恨み続けていたのだろうか。

 それほどの執着心を抱くほどの関係とは、どんなものなのだろう。


 こんな森の中で、父のいなくなった集落に足を運びながら、父の面影を追って。

 生産性のないそんな時間を、この人はどんな気持ちで過ごしていたのか。

 そして、そんな日々の中、突然降ってわいた父との再会の機会。

 それは雨音さんにとって、救いとなるのか、それとも更なる悲劇となるのか。

 そんなことを思うと、ただただ胸が痛んだ。

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