67 疑心
頭上から、床のきしむ音がする。
ギシッ、ギシッと床が鳴るたびに、上からほこりが落ちてくるような気がした。
雨音さんはやんわり断っていたが、女性は引かず、室内を確認させてほしいと要望した。
強く拒否しては余計に怪しまれると判断したのか、雨音さんは少しの間の後、呆れたような声で「どうぞ」と言って女性を招き入れた。
室内を物色する物音がしばらく続く。
泣き出しそうな気持ちで、私はただただ雪成にくっついたまま息を殺していた。
ずっと密着しているからか、じんわりと汗をかいている。
じめっとした感触は、私と雪成、どちらの汗によるものなのだろう。
「満足されましたか?」
「ええ。失礼いたしました」
ようやく納得したのか、女性が答える。
少しずつ遠ざかっていく足音に安堵し、扉が閉まる音を確認してしばらく待ってから、頭上の扉に手をかけた。
しかしその手を、そっと雪成が制止する。
不思議に思って雪成を見ると、人差し指を鼻先に当てて「しーっ」と息を漏らした。
その瞬間、勢いよく扉の開く音がして肩が跳ねた。
「……まだ何か?」
低い声で、雨音さんが問う。
女性は「いいえ」とだけ返して、再び扉の閉まる音がした。
ガチャリと鍵の閉まる音がして、しばらくたった後に頭上からテーブルと動かす音が聞こえてきた。
ゆっくり開いた扉の隙間から光が差し込んできて、まぶしさに目を細める。
「大丈夫か?」
そう言って、雨音さんが手を差し出す。
その手を取って、私と雪成は床下から抜け出した。
「もう行きましたか?」
「さすがに大丈夫だろう」
「……こ、怖かった……」
今になって、震えが出てきた。
雪成がそっと背中をさすってくれる。
「まるでホラー映画だな」
雪成がそう言って、私は紅葉ちゃんの家で観た映画を思い出した。
状況は違うが、あの映画でも主人公が不審者から身を隠して恐怖に震えていた。
どうして自分がこんな目に遭わなくてはならないのだろう。
そんな考えが頭をよぎったが、それはきっと私ではなく雪成が思うべきことだ。
巻き込んだ側の自分が、ただの被害者のような思考に至ったことを嫌悪する。
その気持ちに比例するように、ぶわっともやが溢れた。
「大丈夫だから、落ち着け」
「そうそう。もう怖い人はいない」
雪成と雨音さんがそう言って慰めてくれるのが、申し訳ない。
私は滲み出るもやを必死で抑え込みながら、ひきつった笑みを浮かべてみせた。
「すみません。もう大丈夫です。あの……さっきの人は?」
「集落の人。多分君の親戚だと思うけど、詳しくはわからない」
「……あんなに怖い親戚、欲しくなかったです……」
「だよなぁ」
雨音さんがぽんぽんと頭を撫でてくれた。
私はその手を受け入れながら、頭の片隅に浮かんでいた疑問を口にする。
「……雨音さん」
「ん?」
「雨音さんは、あの一族とは関係ない人なんですよね?」
「そうだな」
「……じゃあ、どうして私のもやを見ても驚かないんですか?」
状況が状況だったから、すっかり意識から抜け落ちていた。
一族の人間は、幼い頃からもやのコントロール方法を学ぶ。
つまり、集団生活に入る頃にはもやを自在にコントロールできるようになっているということだろう。
そうだとすれば、集落の外の人間はもやの存在すら知らない可能性が高い。
でも雨音さんは、もやをずっと垂れ流している私を見ても何の疑問も抱かず、自然なこととして受け入れていた。
それは明らかに異質なことだ。
「……雨音さんは、本当に味方なんですよね……?」
縋るような気持ちで呟いた。
雨音さんはただ静かに微笑んで、私のことをじっと見据えていた。




