65 同級生
電話を終えたあと、男は私たちを改めて小屋の中に招いてくれた。
簡単に信用はできないだろうからと、荷物は持ったままでいいと言ってくれたので、甘えることにした。
男の名前は、武田雨音。
父とは古くからの知り合いだが、父が地元を離れたことをきっかけに交流は途絶えていたらしい。
連絡ひとつよこさずに消息を絶った父に長年怒りを募らせていたそうだが、その憤りを娘にぶつけるつもりはないと笑った。
雨音さんは、あの集落の人間ではないらしい。
実家は少し離れた町にあり、猟の時期だけこの小屋で寝泊まりをしているという。
「もともと、うちの爺さんが建てた小屋なんだがな。結構前に体を壊して、俺が引き継いだんだ」
さっきは急いでいてそれどころではなかったけれど、小屋の中は古いながらも手入れが行き届いている。
雨音さんがこの場所を大事に扱っているのがよくわかった。
「それにしても、実の孫を誘拐とはよくやるよ」
「……雨音さんは、あの人たちのこと、知ってるんですか?」
「まぁ、有名な一族だからな。地元の名士っていうかさ。この辺じゃ知らないやつの方が珍しいだろ。……まぁ、そんなヤバい奴らだったってことは、今初めて知ったがな」
雨音さんの口ぶりからすると、彼が私たちを裏切ってあの家に突き出す可能性はほとんどないだろう。
そう思っていても、やはり緊張を解くことはできない。
「……どうして、父に電話してくれたんですか?」
気になっていたことを訊ねてみた。
雨音さんは「怒るなよ?」と前置きをしてから「似てたからだよ」と答えた。
「似てたって……」
「なんというか、顔立ち?お父さん似だって言われたことない?」
「……あんまり」
「そっか。目元なんか、とくに似てると思うんだけどな」
しみじみと雨音さんがいう。
父に似ていると言われたことはないが、母に似ていると言われたこともない。
正直、私の印象なんてもやがほとんどだから、顔がどうこうという話にすらならないのだ。
だからか、父に似ていると言われたことが素直に嬉しかった。
思春期の娘としては、抵抗を覚えるところなのかもしれないけれど。
「雨音さんは、父とどういう知り合いなんですか?」
「同級生だよ。小中高とずっといっしょだった」
「えっ」
「……それは何に対する驚き?」
雨音さんは父と同年代にしてはずいぶん若く見える。
父が特段老けているというわけではないので、雨音さんが若々しいのだろう。
「父と同年代には見えなくて……」
「若く見えた?」
「はい」
「やった」
そう言って笑った雨音さんは、冷たい顔をしていたときよりも幼く見えた。
「あ、でも父には内緒で」
「なんで?自慢しようと思ったのに」
「……拗ねちゃうので」
私がそう答えると、雨音さんはおかしそうに笑った。
「本当は、ちょっと脅して荷物を返してもらおうと思ったんだ。でも、そこの彼が無理やり連れてこられたなんて言うだろ?跡取りだったあいつが姿を消して、あの一族がちょっと荒れてたのは知ってたから、もしかして……と思ってな。知り合いの子どもかもしれないと思ったら、こんな森の中で放り出せないだろ」
「……あの、勝手にいろいろ漁って、持ち出して本当にごめんなさい」
「いいさ。それだけ切羽詰まってたってことだろ。……だからちょっとは、警戒を解いてほしいんだけどな」
黙り込んだままじっと様子を窺っている雪成に視線を向けて、雨音さんが言う。
雪成は「すんません」と言いながらも、表情を崩すことはしなかった。




