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64 絶体絶命

 男は手に持った斧をゆらゆら揺らしながら、こちらを見て微笑んでいる。

 気づくと雪成が私の一歩前に出て、私を庇うように手を伸ばしていた。



「かっこいいじゃん」



 感慨のない声色で、男は言った。

 微笑んでいるのに、妙な威圧感がある。



「でも、人の家に勝手に上がり込んで挨拶もなしってのはいただけないな」



 男はふっと真顔になって、私たちを睨みつけた。



「……あんた、何者だ?」



 後ずさりしながら、雪成が訊ねる。

 男は一歩一歩、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 すぐに森へ駆け込みたいが、斧を投げられたとして避けられる保証がない。



「それはこっちの台詞なんだがなぁ?お前ら、ここらで見ない顔だし」


「……無理やり連れてこられたんだ!」


「無理やり?」



 雪成の言葉に、男がピクリと眉を上げた。

 そして私に値踏みするような視線を向ける。



「お前、もしかして……」



 男はそこまで言って、口をつぐんだ。

 雪成がはっとして、私を隠すように背に庇う。

 庇われたままじゃいられないと抵抗しようとしたけど「大人しくしとけ!」と一喝されてしまった。


 絶体絶命。

 まさにそんな状況で、どうすればいいのか皆目見当もつかない。


 男はため息をつき、頭をガシガシと掻いた。

 そしてポケットの中からスマホを取り出す。



「おい、そっちの女の子の方!親の連絡先はわかるか?電話番号」


「えっ?えっと……」


「保護者に連絡してやる。番号を言え」



 教えてもいいのだろうか?

 正直、男のことはまったく信用できない。

 しかし今父に連絡がつけば、この状況を打開できる可能性がある。


 どうしようかと雪成に目配せしたら、雪成は眉間にしわを寄せて小さくうなずいた。

 それを確認してから、私は男に父の番号を伝える。

 男は斧を手にしたまま、電話をかけ始めた。



「……もしもし」



 低い声で、男が言う。

 電話先の声は聞こえないが、無事に父につながったのだろうか?

 男は小声で何かを話していて、うまく会話が聞き取れない。


 やがて男は「このバカ!」と大声で怒鳴った。

 思わずビクッとして、雪成にくっつく。

 雪成の肩も少し揺れていた。



「……ったく、本当にお前は昔から……。ちょっと待ってろ」



 男はそう言って、スマホを耳から離して私たちに画面を向けた。

 そして敵意がないことを示すかのように、手に持っていた斧を離れた場所にぽいっと捨てる。



『かすみ?!』



 男のスマホから、聞きなれた声が響いた。

 私は思わず「お父さんっ!」と叫んでいた。

 父の声をきいたことで張り詰めていた心の糸が切れたのか、涙がとめどなく溢れてくる。



『大丈夫か?怪我は?!』


「ない。大丈夫……」


『一緒にいるのは誰だ?』


「……ユキ」


『雪成くんか……。巻き込んでしまって申し訳ない』


「いえ、俺は大丈夫です。でも、帰り方がわからなくて」


『大丈夫、迎えに行く。そこにいるのは、信用できるやつだ。俺が着くまで、匿ってくれるよう頼んである。なるべく急いで行くから、かすみといっしょに待っていてくれるか?』


「わかりました」



 父がはっきりと「信用できる」と言い切ったということは、あの人は父の知り合いなのだろうか?

 男は不機嫌そうな顔をしていたが、私と視線が合うと困ったように笑った。

 その顔はさっきまでの冷たい表情とは打って変わって優し気で、この人にとっても父は特別な存在なのだろうとなんとなく思った。

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