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62 森の中

 無我夢中で走り続けて、どのくらいが経っただろう。

 長く走り続けた気がするけど、実際はそれほど時間は経っていないのかもしれない。


 心臓がバクバクと脈打っていて苦しい。

 呼吸が追い付かなくて苦しい。

 足場の悪い道を、何度も転びそうになりながら必死に走る。



「もっ、もう……限界っ……!」



 耐えきれずにそう漏らすと、ようやく雪成は足を止めた。

 ゼーゼーと必死に呼吸を整えていると、背中をさすってくれた。


 日ごろの運動不足を後悔しつつ、私は額に浮かんだ汗をぬぐう。



「大丈夫か?」


「結構……きっつい」


「悪い」



 雪成も荒い呼吸をしているが、日ごろしっかり身体を動かしているからか、まだ余裕がありそうだ。



「ううん。逃げるなら、あのタイミングしかなかったと思う。ありがと」


「いや……にしても、追ってこなかったな」


「うん……」



 お屋敷の前から逃げ出した私たちを、誰も引き留めなかった。

 すぐに追いかけられるだろうと思って走り続けてきたが、追手の気配は感じない。



「……逃げられないって、思ってるのかも」


「まぁ、こんな辺鄙な場所じゃあな」


「これ、どっちに進めばいいんだろ?」



 荷物はすべて没収されていて、役に立ちそうなものは何もない状態だ。

 鬱蒼とした森の中では、方向感覚も狂わされるだろう。

 このまま進み続けたとして、人通りのある道に戻れる保証はない。



「せめて地図やコンパスでもあればな」


「……ないね」


「どうする?適当に進んでみるか?」


「……うん」



 薄暗い森の中は、少し気味が悪い。

 遠くから聞こえる鳥の声、木々のざわめく音。

 どれもが人の恐怖心を駆り立てるような気がする。


 しばらく進んでいくと、小さな川を見つけた。

 流れる水はきれいに澄んでいて、どこか神秘的だ。



「川沿いに進んでいってみるか」



 雪成が提案して、私たちは川の下流に向かって進んでみることにした。

 でも、川はさっきの集落につながっている可能性もある。

 人の気配に注意しながら、木々の隙間を縫うように進んでいく。


 もう手を放してもいいはずなのに、雪成はずっと手を繋いでくれている。

 その手が頼もしくて、甘えている自分を軽く嫌悪しながらも、手を放す気にはなれなかった。



「……ユキ、ごめんね」



 ぽつりとつぶやく。



「何が?」


「……巻き込んだこと」


「お前のせいじゃないだろ」



 雪成はそう言ってくれたけど、私がいなければ、雪成は今頃朝練を済ませて学校でいつも通りの時間を過ごしていたはずだ。

 私が早起きなんてしなければ、早めに家を出たりしなければ、道連れにすることはなかった。



「……お前ひとり攫われるより、ずっとましだろ」


「でも……」


「でもじゃない。大丈夫だから。いっしょに家に帰るぞ」



 雪成の言葉に、涙があふれてくる。

 雪成の言葉がうれしいのか、それとも罪悪感が溢れたのか、その両方か。

 涙の理由もわからないまま、それでも足を止めずに歩き続けた。

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