61 逃亡
目が覚めると、車はすでに高速を降りていた。
一面に畑が広がるのどかな土地では、対向車も少ない。
どれだけ眠っていたのだろう。
そう考えながら、目をこする。
「起きたか?」
耳元で声がして、思わずビクッとする。
そう言えば、雪成にもたれかかって眠ってしまったんだった。
いきびやよだれは大丈夫だっただろうかとか、そもそも肩で寝るとかありえないとか、いろんなことをぐるぐる考えていると、ふっと薄く雪成が微笑む。
「すっきりしたか?」
「う、うん。ごめん……」
「別に。ずっと車に乗ってただけだし」
「……ここ、どこなんだろ」
「さあな。こいつらはだんまりのままだし」
ちらりと雪成の奥の男に視線を向けるも、男は無表情を貫いている。
前の席の老婦人も、こちらを振り向く様子はない。
そうこうしているうちに、車は田舎道をどんどん進んでいく。
生い茂った木々は道路にまで侵食していて、時折葉っぱや枝が車体に触れる音が聞こえた。
スマホをこっそり確認したいが、トイレに行った際に回収されてしまったので、手元になくて断念するより他ない。
「さっき、着信きてた」
小声で雪成がつぶやく。
「着信?」
「うん。あのばあさんがすぐに電源落としてたけど」
「電源……」
それなら、もうGPSを辿って追ってきてはもらえないのだろうか?
そう思ったが、そういえば電源が切れていてもGPSを追うことはできると何かで見た気がする。
捨てられていないだけましだ。
そう思い、不安をぐっと飲みこむ。
しばらく進んだら、小さな集落のような場所にでた。
小さな家が十数件と、丘の上に立派なお屋敷。
まるで映画やアニメのような風景だ。
まっすぐお屋敷へ向かって進む車に、住民たちの視線が一斉に向けられる。
そのほとんどがお年寄りで、その手には鍬や鎌なんかが握られていて、背筋がぞくりとした。
中には、農具をおいてこちらを拝んでいる人までいる。
お屋敷は、近づけは近づくほど大きく、立派だった。
格式高い日本家屋は、国の重要文化財と言われても納得できるほどだ。
「さぁ、降りましょう」
老婦人に促され、車を降りる。
屋敷の前には、使用人らしき数名の男女がきれいに並んで立っている。
「おかえりなさいませ、奥様」
「あの人は?」
「中でお待ちでございます」
「わかりました。ほら、こちらへいらっしゃい」
正直、お屋敷の中には入りたくなかった。
一度足を踏み入れたら、二度と抜け出せないような気がしたから。
雪成と手をつないだまま、その場に立ち尽くす。
老婦人はため息をついて「手荒な真似はしたくありません」と脅し文句を吐く。
その瞬間、小声で雪成が「走るぞ」と囁いた。
状況が飲み込めないままの私は、全速力で駆け出した雪成に手を引かれるまま、屋敷のそばの森の中に飛び込んだ。
生い茂る植物が顔や体にあたって痛かったけど、それでも必死に走り続けた。




