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60 おにぎり

 10分少し走り続けたところで、車はサービスエリアに入った。

 限界が近いのか、雪成の貧乏ゆすりが激しさを増している。

 なんとか間に合ってくれと切に願う。


 平日の日中だからか、駐車場はスカスカだ。

 トイレ前に停まった車から降りると、私には運転をしていた中年女性が、雪成には後部座席に座っていた男がぴったりとくっついた。



「恥ずかしいかもしれないけれど、トイレまで同行させますからね。それと、荷物もすべて預かります。ポケットの中のものも置いていきなさい」



 こっそり外部に助けを求められては困るのだろう。

 雪成の顔が赤くなったり青くなったりしているので、抵抗せず荷物はすべて座っていた席に置く。

 ただ自己申告では信用ならないのか、ボディチェックまでされてようやくトイレに行く許可が下りた。


 トイレの個室内まで中年女性がついてくるとは思わなかったので、当たり前のように中に入ってきて私は狼狽した。

 しかし携帯用トイレかどちらかを選ぶよう言われては、諦めるほかなかった。


 車に戻ると、すでに雪成たちも戻ってきていた。

 死んだ魚のような暗い目をしている雪成も、私と同じ目に遭ったらしい。

 小便器ではなく個室に入ったのだとしたら……そこまで考えて、思考を放棄した。

 このまま思考を続けると、雪成の尊厳を傷つけそうな気がしたから。


 そのまま再び車に詰め込まれ、私たちはまた果ての見えないドライブに身をゆだねることになった。





 車にしばらく揺られていると、老婦人がおにぎりを差し出してきた。

 もうお昼を過ぎたのだろうか。

 受け取ったものの、食べる気にはなれなかった。

 コンビニか何かで買ったおにぎりみたいだけど、怪しい薬なんかを混入されているとも限らない。


 窓の外をぼうっと眺めていると、隣からカサカサとビニールのこすれる音が聞こえてきた。

 何の音かと隣を見ると、雪成が大きな口でおにぎりにかぶりつくところだった。



「ちょっ!!」



 思わず雪成の手をつかむ。

 しかし雪成は気にする様子もなく、おにぎりを私に掴まれていない方の手に持ち替え、食べ終えてしまった。


 危険なものを口にするなんて、とか。

 おにぎり二口で食べるってどうなってんの、とか。

 言いたいことはいろいろあるのに、言葉にならずに口をパクパクと動かすことしかできない。



「……腹が減ってたら、いざってときに動けないだろ」



 小声で雪成が囁く。



「でも何が入ってるかわかんないから、お前は食うなよ」



 そう言って、雪成は私の手の中からおにぎりを取り、また大きな口で食べてしまった。

 もぐもぐと口を動かしながら、眉をしかめる雪成に「大丈夫?」と訊ねる。



「ん。でもどっちも梅だったんだけど。すっぺ」



 異物でも混入していたのかと思っていたら、梅が嫌だったらしい。

 そう言えば、昔から酸っぱい食べ物苦手だったな。

 そう思うと馬鹿らしくなって、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


 両親は、私がさらわれたことにもう気付いているだろうか?

 学校を無断欠席すれば、家に連絡がいくはずだ。

 そこからスマホのGPSを辿って迎えに来てくれるかもしれない。


 きっと助けに来てくれる。

 そう心に希望を抱いていると、雪成の手が再び私の手に重なった。

 その手が温かくて、私は雪成の肩にもたれるようにくっついて、目を閉じた。


 疲れることはしていないはずなのに、ずっと緊張状態に晒されているからだろう。

 車の揺れも相まって、どうしようもない眠気が襲い掛かってきた。

 眠っちゃいけない。

 そう頭では理解していても、気づくと意識を手放してしまっていた。

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