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6 期待

「弟さんは、どうやってこのもやを消しているんですか?」



 私を包み込むもやは、今は薄く量も少ない。

 しかし量や濃さの調整は、今まで一度だって自分の意思でできた試しがないのだ。

 もちろん、挑戦したことは何度だってある。

 消し去ってしまえたら、どんなに楽だろうと。


 ただそうやって努力すればするほど、なぜかもやは濃くなって私を覆い隠してしまう。

 そのたび、自分がどうしようもない人間に思えてきて、孤独感と焦燥感に押しつぶされそうになるのだ。


 凪さんは困ったように眉を下げ「それが……私にもよくわからなくて」と言葉を濁した。



「わからないって……」



 私の言葉に、絶望の色が混じる。

 凪さんははっとして「ち、違うの!」と首を横に振った。



「いや、別に違いはしないんだけど……その、もやをコントロールする練習は両親が離婚してから始まったみたいだし、私がいるときにも弟は伯父と練習していることもあったかもしれないけど……その、よく見ていなくて……」


「そうですか……」


「……ごめんなさい……でも、その、遊びたい盛りで……」



 だんだんと消え入るような声になっていく凪さんが、なんだか叱られている子どもみたいでちょっとおかしい。

 耐えきれずに私がくすくす笑うと、凪さんも小春さんもほっとしたように微笑んだ。

 小春さんの温かい手が、いつの間にかそっと私の背中を支えてくれている。


 憐憫の眼差しにはいつまでも慣れないけど、小春さんのこの手のぬくもりは、いつだって心地いい。



「でもでも、弟に聞けばどうやって練習していたかわかるはずです!ただ今は大学に行っているはずだから、さっき連絡はしてみたけど、返事が返ってこなくて」


「えっと……それじゃあ、弟さんに教えていたっていう伯父さんは?」


「伯父は……その……」



 口ごもる凪さんに小春さんは何かを察したのか「ごめんなさい」と焦ったように言う。

 凪さんは首を小さく横に振り「いえ……こちらこそ申し訳ないです……」と呟いた。



「伯父さん、旅行好きで……」


「ん?」


「……旅行?」



 凪さんの言葉に、小春さんと私はそろって声を上げる。

 つまりは、また凪さんの思わせぶりな態度に騙されたということだろう。


 小春さんが額に手を当て、呆れたように「ふーっ」とため息をついた。



「じゃあ、伯父さんはご健在なのね?」


「え?はい、ピンピンしてます。今はどこの国だったっけ……」


「あのねぇ、だったらそんな紛らわしい言い方しないの!」



 我慢の限界だったのだろう。

 ぴしゃりと小春さんは言い放ったが、凪さんはピンときていないらしく、ぽかんとしている。

 そんなふたりのやりとりが、何だか漫才みたいに思えてきておかしくなって、私はくすくすと笑っていた。


 もやについて、凪さんは詳細はほとんど知らないらしい。

 家族のことなのに興味がなさすぎるようにも思えたが、周囲のサポートが必要になることはとくにないそうなので、そんなものなのかもしれない。


 弟さんに話が聞けたら、また病院から連絡してくれるということになり、その日は普段通り診察を受けて帰宅した。

 診察結果はいつもと同じく、もや以外に異常はなし。

 あんなに長時間待たされたのに、あっというまに終わる診察にやるせなさを感じつつも、私の足取りは軽かった。


 今まで、どうにもならないと思っていたこのもやが、消せるかもしれない。

 そう思うだけで、世界が輝いて見える気分だった。

 心なしか、身にまとうもやも薄まっているように感じながら、私はバスへと乗り込んだ。

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