53 前の席の女の子
「あ、あのっ、ちょっといい……ですか?」
もうすぐで朝礼が始まるというタイミングで、唐突に声をかけられて私は顔をあげた。
私と目を合わせないように下を向き、震える声で話しているのは、前の席の藤堂優夏さん。
席替えから1ヶ月くらいが経つけど、こうして話しかけられるのは初めてだ。
「は、はい……なんでしょう?」
藤堂さんの様子から、いい話ではなさそうなのは確かだ。
恐る恐る聞き返すと、藤堂さんは震える手をぎゅっと握りしめる。
「あ、あの……その……えっと……」
藤堂さんはなにやら必死に話そうとしているが、口ごもってばかりで言葉がうまく出てこないようだ。
声は震えたままだし、なんなら泣きだしそうな声に聞こえる。
最近、学校ではもやの量を抑えているつもりだったが、足りなかったのだろうか?
できる限り距離をとるようにしているけれど、前後の席だということもあり、充分な距離が確保されているとはいいがたい。
もやへの不満や恐怖なんかが限界を迎えて、ついに直接文句を言おうと考えたのかもしれない。
しかししばらくもごもごしていた藤堂さんは、とうとう黙り込んでしまった。
両手をぎゅっと握りしめたまま、細い肩を小さく震わせている。
なんだか私がすごく悪いことをしているようで、胸が痛む。
なにもしていないはずなのに、存在だけで他人を怖がらせてしまう自分が、本当に嫌。
「おっはよ!あれ?優夏ちゃん、どしたの?」
気まずい空間に元気に飛び込んできたのは、紅葉ちゃんだった。
私の方を向いたまま震えている藤堂さんの顔を覗き込んで、首を傾げている。
「かすみん、優夏ちゃんどうしちゃったの?」
「いや、よくわかんなくて……」
「えー?川上くんは?わかる?」
紅葉ちゃんは前の席に男子生徒に声をかける。
川上桜太くん。
席替えの日に欠席していて、翌日学校に来ると私の斜め前の席になっていた不運な人だ。
「え、俺?知らね」
「だよねぇ。優夏ちゃん、大丈夫?」
紅葉ちゃんがよしよしと藤堂さんの頭を撫でる。
川上くんは少し呆れた顔をしながら、藤堂さんにちらりと視線を向けた。
「つか、ビビんなら話しかけなきゃいいだろ」
「……で、でも……」
「優夏ちゃんがかすみんとお話してたの?何かご用事だった?」
「う、うん……」
紅葉ちゃんと川上くんが会話に参加したことで少しは恐怖心が和らいだのか、藤堂さんの表情が少し緩んだ。
しかし私と目が合った瞬間、その表情は一気にひきつる。
「ご、ごめん……」
とっさに謝って下を向く。
顔をみただけで謝らないといけないことに納得はしていないけど、恐怖心というのは自分でコントロールできるものじゃないとわかっている。
「とりあえず落ち着いて、またあとで話したらいいんじゃない?先生ももう来るだろうし」
チャイムの音が騒がしい教室内に響き渡って、紅葉ちゃんが言う。
藤堂さんは小さくうなずいて「ごめん」と蚊の鳴くような声で呟いた。




