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「お父さん?」
「かすみ。今帰りか?」
訓練を終えた帰り道、見慣れた後ろ姿を見つけて声をかけると、父が振り向いて笑った。
私の両隣にいる紅葉ちゃんと雪成を見て「お友だちか?」と眉を下げる。
「おじさん、お久しぶりです」
「雪成くん。大きくなったな」
「おじさんは変わらないっすね」
「そうかな?家族には老けた老けたといわれるんだが」
チラリと私に視線を送って、父が言う。
雪成と紅葉ちゃんは、笑うのをこらえているのか口の端がピクピクしている。
「そっちの子は、初めましてかな?」
「はい!宝生紅葉と言います」
「ああ、前にうちに来てくれたっていう……」
「あのときは、ケーキごちそうさまでした」
ぺこりと頭を下げる紅葉ちゃんに、父が「うちの娘もお邪魔したようで」とお礼を返す。
「今日はみんなで遊んでたのか?」
「ううん。恭太さんと……」
「ああ。今日だったな。友だちも連れて行ったのか」
「いえ、私たちが勝手についてっただけです」
「すんません。でも、邪魔はしてないんで」
紅葉ちゃんと雪成が続けて答えると、父はふっと笑う。
そして私に「いい友だちだな」と囁いた。
「これからもかすみのこと、よろしく頼むよ」
父にそう言われて、紅葉ちゃんも雪成も頷いた。
それがなんだか恥ずかしくて、でもうれしくて、私は黙って三人を見ていた。
しばらくして紅葉ちゃんと別れ、私と父、雪成の3人になった。
紅葉ちゃんの姿が見えなくなったことを確認して、父が雪成に話しかける。
「以前は身内が失礼をしたそうで、申し訳なかったね」
「あ、いや。こっちもずっと黙ってて……」
「いや、何も言わないでいてくれて助かった。家内は何も知らないから」
そう言う父の顔には、影が差している。
母に何も話せないことを、負い目に感じているのかもしれない。
なんとなく、そう思ってしまった。
「もし今後また怪しい人を見かけたら、連絡してもらってもいいかな?」
「もちろんっす」
「かすみに話してもらってもいいが、急を要する場合は直接連絡してほしい」
そう言って、父は雪成に自分の電話番号を伝えた。
雪成は慣れた手つきで番号を打ち込み、父のスマホに発信する。
「これ、俺の番号なんで。登録しといてください」
「ああ、ありがとう」
「ついでに娘さんの番号も教えてもらっていいっすか?」
「……へ?お前、教えてないのか?」
「だって、必要なかったから……」
雪成の発言に呆然とした父は、私の回答に肩を落とした。
そしてすぐに私の電話番号を口にする。
ポケットに入れていたスマホはほどなくして振動し始め、私は父と雪成に見張られながら番号の登録をした。
少し前までは、家族と病院関係の番号しか登録されていなかったのに、最近は少しずつ登録数が増えてきた。
ポーカーフェイスを決め込み、ほおが緩みそうになるのを堪える。
「絶対消すなよ」
そう言った雪成の頬が少し赤く見えたのは、夕日に照らされていたからだろう。
私は小さな声で「消さないよ」と返事をしながら、雪成から視線をそらした。




