51 恐怖心
「これめっちゃうまぁ」
頬を緩ませながら、紅葉ちゃんが言う。
にこにこと嬉しそうに食べている様子をみていると、こっちまで温かな気分になる。
「かすみんもお食べ」
「あ、ありがと」
紅葉ちゃんがクッキーを手に持って口元まで運んでくれたので、口を開ける。
香ばしいアーモンドの匂いとほろほろとした触感。
確かにおいしい。
「……どうしたの?」
じっと紅葉ちゃんに見つめられて、首を傾げる。
紅葉ちゃんは「ちょっと意外だっただけ」と笑った。
「意外?」
「うん。あーんは嫌がられるかなって思ったから。まぁ、嫌がっても食べさせるつもりだったけど」
「あはは、なにそれ。あーんは、妹がよくやるから」
「え、妹さんいるの?」
「うん。2つ下」
「いいなぁ。私、一人っ子だから羨ましいー」
紅葉ちゃんは、休憩に入るまでずっと静かに私の訓練を見守ってくれていた。
それは、雪成も同じ。
口を出すことも、飽きてほかのことをすることもなく、ただ興味深そうに私を見ていたのが、なんだかこそばゆかった。
「かすみんは頑張り屋さんだね」
そう言って、紅葉ちゃんが頭を撫でてくれた。
恭太さんよりも一回り小さい手の感触が心地よい。
「仲良しだな」
コーヒーのお代わりを持ってきたマスターが、にっこり笑って言う。
恭太さんだけでなく、私たちのカップにも「サービス」と言って注いでくれた。
優雅にコーヒーカップに口をつける恭太さんを、ちらりと覗き見る。
雪成から聞いた、怪しい老婦人のことを訊ねてみようか。
そんな考えが浮かんでは消える。
父からは余計なことを話さないように言われているが、このまま黙って悶々とし続けるのが正しいことなのだろうか。
恭太さんなら、信頼して話してみてもいいんじゃないかと、どうしても思ってしまう。
出会ってからまだそんなに時間もたっていないのに、過度な信頼を寄せてしまっていることを自覚しているから、すんでのところで踏みとどまっているけれど。
「恭太さんって、こいつのじいちゃん家、行ったことあるんすか?」
唐突に切り出したのは、雪成だった。
想定外の展開に、私は黙って雪成と恭太さんを交互に見ることしかできなかった。
雪成の表情はいつもと変わらず、さりげない世間話を装っている。
「ないよ」
さらりと恭太さんが答えた。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、なんか気になっちゃって」
「ふうん」
含みのある笑みを浮かべる恭太さんが何を考えているのか、表情からは一切読み取れない。
「ね、おじいさんの家って?」
紅葉ちゃんがこっそりと耳打ちしてくる。
私は小声で恭太さんと親戚関係にあること、祖父母とは今まで一度も会ったことがないことを伝えた。
もちろん、祖父母を含む親戚たちの異常性については伏せたままで。
「うちは本家とはほとんど関わりがないから。伯父さんはちょこちょこ足を運んでるみたいだけど」
「そうなんですか?」
「あの人は研究者肌だから。気になることはとことん追求したいタイプなんだよ。本家にしかない文献や資料もたくさんあるし。……ま、分家の人間だから、あまりいい顔はされていないみたいだけど」
恭太さんの話が本当なら、恭太さん自身には祖父母とのつながりはないのだろう。
でも、何度も通っている悠哉さんがもしも私の存在を祖父母に話したとしたら……。
そんなことはないと信じたいのに、どうしても恐怖心が拭いきれない。




