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 訓練の方法は単純だ。

 ただもやを出して、それを石に押し込めていくだけ。

 それだけなのに……。



「うまくいかない……」



 石を机に置いて、私はうなだれた。

 まったくもやを押し込めないわけじゃない。

 実際に目の前の石は濃い色になっているし、触れていた部分のもやは薄れていた。

 それでも、私を覆うもやの大部分が残っている。



「初めてならそんなもんだけどね」


「そうなんですか?」


「とくに君はもやの量が多いから、全部押し込められるようになるには時間が掛かるんじゃない?」



 前回病院で違う石を使ったときは、石を動かせばすいすいもやを吸い込んでくれた。

 でもこの石の場合、ただ石を動かせばいいというものではないらしい。

 それに、最終的にほ石を動かさずにもやを押し込められるようにならなくてはならないのだ。


 ずいぶん長くなりそうな道のりに、ため息がこぼれる。



「もや自体を動かすコツってないんですか?」


「コツねぇ……まぁ、慣れしかないかな」


「慣れですか……」


「そ。一朝一夕でどうにかなるものじゃないよ」



 はっきりと言い切られ、当然のことだとわかっていても、やっぱり落ち込む。

 もやの感覚を理解できるようになってから、少しずつ自分でもやを動かせるようになってきた。

 しかし動かせると言っても、細かいところまではまず無理で、一か所に集めるなんてこともできない。


 そもそももやを動かす訓練は、幼少期に行うべきものだという。

 大人になればなるほど、柔軟な感覚を受け入れづらくなるから。

 だから苦戦するのは仕方がないと、父も悠哉さんも言っていた。



「でも、もどかしいです……」



 しょんぼりした気分でぽつりと漏らすと、恭太さんがぽんぽんと頭を撫でてくれた。

 幼い子どもを慰めるような優しい視線に少しドキリとしたのもつかの間、横から雪成が恭太さんの手をガシッと掴んだので、驚いて固まる。



「……何?」


「へっ?!えっと……あれ?」



 掴まれた恭太さんより、掴んだ雪成のほうがびっくりしている。



「君も撫でてほしいの?」



 そう言って、恭太さんはふっと微笑んだ。

 雪成は顔を真っ赤にして、掴んでいた手を放す。



「だ、大丈夫っす!」



 そう答えた雪成の頭を、マスターがわしわしと撫でまわす。

 片手には、大きめの箱が抱えられている。



「なんだなんだ、かわいいやつだな。お兄さんが撫でてやろう」


「ちょ、勘弁してくださいって」


「そんな若者たちに差し入れ。もらいもんだけど、たくさん食べな」



 マスターが開いた箱の中には、いろいろな焼き菓子が詰まっている。

 訓練を初めて1時間ほどだろうか。

 小腹が空いていたので、ありがたい。



「コーヒー。お代わり」


「はいはい。待ってろ」



 恭太さんの言葉に、マスターが眉を下げる。

 以前家庭教師をしていたと言っていたが、いくつになっても生徒はかわいいものなのだろう。

 マスターの恭太さんへ向ける眼差しがあまりに愛情深く感じられて、思わず目を逸らした。

 なんだか見てはいけないものを見たような、妙な気分だった。

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