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5 家庭事情

 彼女の名前は、 汐見凪(しおみなぎ)

 23歳の新米看護師だ。


 医師を交えて詳しい話を聞く予定だったが、診察待ちの患者が多く、私の診察に長時間割くことは難しかったため、まずは私と小春さんで彼女の話を聞くことになった。

 その後、要点をかいつまんで診察時に医師へ説明し、詳細は外来が終わってから改めて共有するから安心してほしいと言われた。



「弟は4つ年下で、今は近くの大学に通っています。でも幼い頃に両親が離婚したので、実際にいっしょに暮らしていたのは、3年くらいだったと思います」



 少し寂しげに語る凪さんに、小春さんは眉を下げた。

 彼女の家庭環境に胸を痛めているのだろう。

 自覚はないのかもしれないが、私に同情するときも、小春さんはいつだってこの顔をする。



「弟は生まれたときからもやに包まれていました。母がすごく驚いていて、弟を見た瞬間に泣き出したことをよく覚えています。ただ父方の親戚に同じ体質の者がいることもあって、父は落ち着いていました」


「ご親戚にも?」


「はい。父の兄である伯父も、生まれつきもやが出ていたそうです。伯父だけでなく、父の家系では代々もや体質の方が稀に生まれるみたいで……」



 もやに慣れていた凪さんの父親は、動揺する妻を支え、献身的に子育てに取り組んでいたらしい。

 母親も子どもへの愛情は確かにあったようだが、それ以上に恐怖心が勝り、抱っこするのも一苦労だったという。


 恐怖、という言葉に、胸の奥がチクリと痛んだ。

 私の両親もきっと、得体のしれない私という存在に恐怖心を抱いていたはずだ。

 もしかしたら、それは今でもなおーー。



「ご両親の離婚も弟さんのことで……?」



 聞きづらそうにしつつも、小春さんが問いかける。

 しかし凪さんは「いいえ?」とあっけらかんと返した。



「両親の離婚理由は、よくいう性格の不一致ってやつです。いや……食生活の不一致……?」


「しょ、食生活?」



 予想外の返事に、小春さんが目を丸くする。



「ええ。実は父は大の和食好きなのですが、母は洋食派で。和食と洋食を一日交代、と歩み寄ってきたんですけど、食事って毎日のことじゃないですか?食べたくもないものを一日置きに食べなくちゃならない生活に、お互い限界を迎えたみたいで、離婚が決まったんです」



 たかが食事、されど食事。

 私だって、苦手な料理を一日置きに食べる生活だなんて、想像するだけで絶対耐えられないとわかる。


 でも、それなら離婚までしなくても、食事だけ分ければよかったのでは?

 そう思ったが、なんだかしんみりした雰囲気だし、口には出さなかった。

 一つのことが嫌になると、ほかの部分までとことん嫌になってしまうこともある。

 きっとそうして、些細なことから夫婦仲が険悪となり、取り返しのつかない状態になってしまったのだろう。



「離婚の話し合いで、私は母に、弟は父に引き取られることが決まりました。母は姉弟どちらも引き取りたがったようですが、もや体質の弟の世話は主に父が行っていましたし、伯父からのサポートも約束してもらっていたので」


「そう……じゃあ、それ以来弟さんとは疎遠に?」


「え?いえ、弟とはしょっちゅう会ってますよ?」



 きょとんとして凪さんが答え、小春さんはまたぽかんとしている。

 さっきのは確かに、そういう流れだったのに。

 先程までの凪さんの悲壮感漂う話しぶりに翻弄されつつ、続きを促す。



「離婚後、私と母は元の家、父と弟は父方の実家で暮らすことになりました。伯父はまだ独身で実家暮らしをしていたから、弟にとってはよい環境だったと思います。ちなみに、父方の実家は元の家から歩いて5分くらいの距離なので、しょっちゅうお互いの家を行き来してましたね。感覚的には、家が2つある感じ?」


「……そ、そう……」



 小春さんは、もう考えることを放棄したようだった。

 複雑そうな顔をしつつも、話をさえぎることなく耳を傾けている。



「両親も不仲で離婚したわけじゃないので、しょっちゅう家族で出かけていました。両親だけでデートに行く日も多かったので、ある程度大きくなってから両親に言ったんです。離婚しなくてもよかったんじゃない?って」


「そ、そうだよね!私もそう思う!」



 凪さんの言葉に、待ってましたと言わんばかりに小春さんが同意する。

 ついでに私もうんうんと頷いて、同意をアピールしてみた。

 凪さんはそんな私たちに苦笑しながら話をつづけた。



「でも両親が言うには、いっしょに暮らしながら食事をわける生活なんて考えられないし、そうして無理を続けるとお互いを嫌いになってしまうかもしれないそうで。だから良好な関係を維持するための離婚だったみたいです。……って、だいぶ話がそれちゃいましたね」


「あ、そうね。弟さんの話だったのに」



 よその家庭の事情が複雑であるほど、興味を惹かれてしまうのは人間の性か。

 余計な話を広げてしまったことにばつの悪さを覚えつつ、一番気になっていたことを問いかけてみる。

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