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49 呼び名

 夕方には自宅に戻った。

 病院で過ごした時間はそんなに長くなかったのに、なんだかどっと疲れてベッドに倒れこむ。

 手には、小さな箱。

 中には悠哉さんが用意してくれた石が入っている。


 箱を少しだけ開いて、石を覗き込む。

 ずっと高揚しているような、変な気分だ。


 最近、いろんなことがありすぎてうまく気持ちの整理がつかない。

 ただもやの対処法を知れただけなら、こんな気分にはならなかっただろう。

 漠然とした不安と喜びがまじりあった、妙な感覚。



「……頑張らないと」



 自分ではどうにもならないことを考えていても、どうしようもないのはわかっている。

 私が今すべきなのは、自分のもやをコントロールできるようになること。

 それはきっと、自分の身を守る力になる。


 私は勢いよく立ち上がり、スマホを手に取った。





「……なんでついてくるの?」



 困った顔で問いかける私に、宝生さんと雪成は屈託のない笑顔を向ける。

 今日も宝生さんに遊びに誘われたけど、先約があるからと断った。

 そしたらなぜか、ついてきてしまったのだ。

 正門のところで雪成に見つかり、なぜか彼まで同行することになった。



「だって興味あるじゃん。訓練ってなんかかっこいいし」


「邪魔になりそうなら退散するからさ」



 今日はこれから、マスターのところで恭太さんに訓練をみてもらう予定だ。

 そんなのを見ても何も面白くないと思うのだけど、二人とも興味津々で困る。



「どうしてもいや?だったら諦めるよ?」



 首を傾げながら宝生さんが言う。

 なんともあざとかわいくて、胸がぎゅっとなる。



「……恭太さんから許可が下りたら」



 仕方なくそう答えると「やったー」とハイタッチされた。

 友だちとハイタッチなんて初めて……と思ったら、少し顔が熱くなった気がした。


 喫茶店へ着くと、マスターが満面の笑みで迎えてくれた。

 恭太さんは、もう奥の席で待っているらしい。



「……お待たせしちゃいましたかね?」


「いやいや、あいつ昼飯喰いにきて、そのまま居座ってるだけだから。気にしなくて大丈夫」



 ケラケラとマスターが笑う。

 通された奥の席で恭太さんは本を読んでいたが、話し声に気付いたのか、すぐに顔を上げた。



「こんにちは。……おや、今日はお友だちもいっしょかい?」


「は、はい!すみません、連れてきてしまって……」


「別に構わないよ」



 髪を耳にかけながら、恭太さんが言う。

 触れていないのに、見るだけでさらさらしていることがわかるきれいな黒髪。



「……わぁ」



 感嘆の声を漏らしたのは、宝生さんだった。

 ちらりと横目で見ると、キラキラした顔で恭太さんを見ている。



「男の子のほうは、この前会ったよね」


「あ、山倉雪成っていいます。こいつとは幼馴染で。急に押しかけてすんません」


「私は宝生紅葉です。かすみんとはクラスがいっしょで、最近の悩みはかすみんがいつまでも名前で呼んでくれないことです」


「……え?」



 自己紹介になんだか変な情報が混じっていて、ぽかんとしていると、マスターが豪快に笑いだした。

 しばらくひーひーと苦しそうに笑ったあとで「それは困るな」と私に目配せをする。



「え?えっと」


「ほらほら、名前で呼んであげな?」


「え……っと、紅葉ちゃん……?」



 勢いに押されるまま口にすると、宝生さんは「んふふ」と満足そうに笑った。

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