48 名刺
「この前、恭太にもやの押し込め方を習ったって聞いたけど、覚えているかな?」
悠哉さんにそう問われ、私は頷いた。
父への感情の暴発からもやが膨れ上がったとき、恭太さんに細長い石を渡されて、それにもやを押し込めた。
そのときのことを思い出して、ふと疑問が湧き上がる。
「そう言えば、あのときの石ももやを吸い込みましたよね?その石じゃ駄目だったんですか?」
もやを吸い込めたということは、相性のいい石だったということだろう。
それならば、苦労して石を集める必要はなかったのではないかと思ってしまった。
「ああ。あれはちょっと特殊でねぇ」
「特殊?」
「あの石は誰のもやでも吸収してくれる優れものなんだ。ただ如何せん、耐久力が低くて」
「耐久力……」
「数回使ったら壊れてしまう。だから石が手元にないときの応急処置にしかならないんだよ」
だから父も、あの石のことには触れなかったのか。
そう納得した。
「その点、正しい石を選べば半永久的に使用できる。たまったもやは、石の中で浄化されるから」
「浄化、ですか?」
「そう。ほら、みてごらん。さっき濃くなった色が、もう元に戻っている」
悠哉さんがさっきの石を手に取って言う。
確かに、さっきもやを吸って濃くなった色は抜けているようだ。
「ひとまず1週間、できる範囲でかまわないからもやを石に押し込めてみよう」
「はい」
「しばらくは日本にいる予定だから、困ったことがあれば連絡しておいで」
そう言って、悠哉さんは一枚のカードを差し出した。
悠哉さんの名前と電話番号・メールアドレスが書いてある名刺だ。
肩書には「代表取締役」の文字。
「え、社長さん⁉」
名刺を横から覗き込んだ母が言う。
悠哉さんは苦笑いで「そんな大層なものじゃないですよ」と答えた。
「従業員も数名しかいない、小さな会社です。だから会社の方に連絡をくれてもいいし、こっちの個人の番号にかけてきても構わないよ」
「は、はい……」
「抵抗があれば病院や凪、恭太を通してくれてもいいから。万が一石に触れていて気分が悪くなったら、いつでもすぐに連絡すること。連絡がつかない場合は、石を手の届かないところにおいて、なるべく安静に過ごすように。なるべく早く連絡を返すようにするから。それだけ約束してほしい」
石の扱いに慣れていない場合、もやの押し込みが強すぎて反発が起こり、石に触れている部分に痛みやしびれを感じることがあるらしい。
また急激にもやが吸われてしまうと、気分が悪くなる可能性もあるという。
「もしもに備えて、ひとりのときに訓練するのは控えた方がいいかもしれないね。気分が悪くなったときにサポートしてくれる誰かをそばに置いておく方が安心だろう。ご両親でもいいし、病院関係者でもいい。恭太も都合をつけられるようだから、存分に頼るといいんじゃないかな」
「はい、ありがとうございます」
「なんにせよ、無理だけはしないように」
そう言って悠哉さんは目を細めた。




