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46 詮索

 まだ小学生になる前のことだったと思う、と雪成は言った。

 上品な奥様みたいな老婦人が、いきなり訪ねてきたそうだ。

 対応したのは雪成のお母さんだったそうだけど、来客に反応して母についてきた雪成も、話を聞かれたという。



「確か、母さんは警戒して大したこと話さなかったと思う。でも、俺はガキだったし、相手はそこに付け込もうとしたんだと思う」


「それで……なんて答えたの?」


「悪い、よく覚えてなくて……。母さんに聞いてみるか?」


「う、うん……」



 雪成はスマホを取り出して、電話をかけ始める。

 私はその隣で、不安と焦燥感に押しつぶされそうになりながら、必死で深呼吸をしていた。



「母さん、今家にいるから来いって」



 雪成がそう言って、私は頷いた。

 はやる気持ちから、歩調は先ほどまでよりずいぶん早い。

 いつの間にか雪成に手を引かれていたけど、そんなことも気にならないほどいっぱいいっぱいになっていた。





 雪成のお母さんに会うのは、久しぶりだ。

 学校行事なんかで挨拶をすることはあっても、ゆっくり話をするのは小学生以来かもしれない。



「かすみちゃん、すっかり大人びたわね」



 そういう雪成のお母さんは、相変わらず優しい目をしていた。

 リビングに通され、ジュースを出された。

 小さいとき、雪成の家に遊びにいくたびに出されていた、缶のりんごジュース。

 それが無性に懐かしくて、少しだけ落ち着きを取り戻せた気がする。



「それで、昔うちを訪ねてきた人の話よね?」


「は、はい……」


「ごめんなさいね。当時おうちの方にお話しできればよかったんだけど、かすみちゃんのお母さん、ナーバスになっていた時期だったし……言わない方がいいかと思って」


「あ、いえ……」



 当時の母を思い出して、私はうつむいた。

 周囲から異質な存在として扱われる私に、母はきっと心を病んでいた。

 それまでは家にこもっていればよかったけど、幼稚園という集団生活において、人とかかわりを持たずにいることは不可能だ。

 送迎や園行事などの思い出の中の母は、いつも暗く消えてしまいそうな顔をしていた。



「あれは確か、あなたたちが年中さんのころだったかしら。このあたりでは見かけない方だったから、どなただろうって思ったの。話を聞いてみたら、かすみちゃんのことを根掘り葉掘り聞いてくるもんだから、これはまずいって思って追い返そうとしたのよ。それなのにこのバカときたら……」



 コツン、と息子を小突きながら、雪成のお母さんは呆れたように言った。



「聞かれたこと何でもぺらぺら話すし、部屋に戻りなさいって言っても聞かないしで、ほんっとにもう……!」


「仕方ないだろ、子どもだったんだし」


「でもねぇ、あんたの危機感のなさに正直心配になったわよ」



 物怖じしない性格の雪成は、人見知りもほとんどなく、初対面の相手とも気兼ねなく会話ができるタイプだった。

 本人にとっては聞かれたことに答えただけだという認識だっただろうが、他人の個人情報を躊躇なく口にする息子に頭を抱えた雪成のお母さんの気持ちは想像に難くない。



「あの、もやがいつも出てるか聞かれたって……」


「あ、そんなことも聞いていたわね」


「雪成、なんて答えてましたか?」


「えっと……確か、いつも出てるわけじゃないって答えてたわ」


「へ?」



 想像していた答えと違って、思わず雪成を見る。

 雪成も意外そうな顔をして、目を丸くしていた。



「私の見る限り、かすみちゃんのもやはいつも出てたから、不思議に思ったのをよく覚えているわ」


「なんで……」


「あとで気になって聞いてみたんだけど、いつもかすみちゃんを見ているわけじゃないからって言ってたわ。だから自分が見ていないときは、もやが出ていないんじゃないかと思ってたみたい。それで、この子がそう言ったら、急に興味を失ったような感じで帰っていったわ」



 雪成のお母さんの言葉に、ふっと体の力が抜けた。

 まだ胸はドキドキしていたが、安堵の気持ちが強い。

 もしも雪成が違う返答をしていたらーー。

 そう考えると、指先が少し震えた。

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