44 次の約束
オムニバス形式のその映画は、終始仄暗い雰囲気を纏っていた。
20年近く前の作品だと聞いていたが、そう思えないほど鮮烈で残酷で、食い入るように観ていた。
原作を読んでいると映画を純粋に楽しめなくなるなんて聞いて不安だったけど、不要な心配だったとすぐに察した。
テーブルに広げられたお菓子をたまにつまみながら、私たちは黙ったままテレビの画面を見つめていた。
ちらりと覗き見た宝生さんも雪成も、真剣な顔をしていた。
「面白かったなぁ」
エンドロールが流れる中、ぽつりと雪成が言った。
「こういうホラー系?あんまり観ないけど、思ったよりすごいよかった」
「ほんと?よかったぁ」
「え、この子役って……」
「そうそう、今も活躍中」
まじかよ、と目を輝かせる雪成がなんだかおかしくて、私は小さく笑う。
宝生さんはそんな私の顔を覗き込み「どうだった?」と問いかけた。
「面白かった。ちょっとイメージ違う話もあったけど、それもそれでよかったし」
「だよねぇ。楽しんでくれてよかった」
「うん、ありがとう。……あ、でもこれ、邪魔じゃなかった?」
はっとして問いかける。
没頭して映画を観ていたせいで、もやの制御がおろそかになっていたことに気づいてしまった。
面白かった分、もやもたくさん出ていたんじゃないかと思うと、急に恥ずかしくなってきて下を向く。
でも宝生さんは気にした様子はなく、私の肩に頭をもたれかけた。
「ぜーんぜん。かすみんが楽しんでるのがわかって、むしろ嬉しかった」
「そ、そう……?」
「かすみんは気にしいだなぁ。山倉くんも気にならなかったでしょ?」
「ああ」
ふたりがそう言ってくれて、ほっと心が軽くなった気がした。
もう一度「ありがとう」というと、そろって頭を撫でられる。
「次は別作品の鑑賞会しようね」
「うん、やりたい……!」
「約束。山倉くんも来てもいいよ」
「おう、時間が合えば邪魔する」
次がある。
それだけでなんだかうれしくて、にやけそうなのをぐっと我慢する。
でももやは隠しきれなかったみたいで、生暖かい目を向けられることになった。
※
「あれ、今帰り?」
宝生さんの家からの帰り道、声をかけられて振り向く。
恭太さんとマスターが並んで立っていて、思わず息を呑んだ。
美形の不意打ちは、やっぱり心臓に悪い。
隣の雪成なんて、口を半開きにして呆然と二人をみているほどだ。
なんて間抜け面を……と思ったけど、気持ちはわかるので触れないでおく。
「こんにちは。こんなところでどうしたんですか?」
「あぁ、俺この辺に住んでんの。これからコイツと宅呑みするんだ」
「しつこく誘ってきてうるさいから、仕方なくね」
「まったまた~。照れんなよ」
恭太さんは相変わらずの塩対応だけど、マスターはお構いなしに恭太さんの脇腹を小突いて払いのけられている。
「そっちはデート中?邪魔しちゃったかなぁ」
そんなことを言いつつも、マスターはすっごくニヤニヤしていて、私は苦笑いした。
この前恋愛がどうのという話をしたばかりだったから余計に、ちょっとだけ居心地が悪い。
「違います。ただ家に帰ってるだけなので」
「えぇ?仲よさそうに話してたじゃん」
「いや……それは、さっき友だちの家で観た映画が面白かったって話してただけで……」
「なぁんだ、二人きりじゃなかったのか」
露骨に残念そうな顔をしたマスターを、恭太さんが軽く蹴った。
「からかわないの」
「はいはい」
じゃあね、と恭太さんが手を振り、マスターもそれに続いて歩きだす。
別れの挨拶を返してから雪成を見ると、まだぼうっとして二人を見ていた。
だんだん小さくなっていく二人の後ろ姿の距離は近く、時折笑いあっているのがわかった。
恭太さんの方が若いはずなのに、二人が人懐っこい大型犬とその飼い主に見えたのはないしょにしておこう。




