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42 誤解

 家までの帰り道、父はぽつりぽつりと話をしてくれた。


 父の育った環境。

 祖父母のこと。

 父のもやについて。


 なんでもない顔をしているつもりだろうけど、その横顔はいかにも悲しそうで、本当は話なんてしたくないんだろうとわかってしまった。

 それでも父は話さないといけないし、私は知らないといけない。



「……本当は、お前が成人したら全部話すつもりだったんだ。今さら信じられないかもしれないが」


「……ううん。信じるよ」



 私がそういうと、父は眉を下げて私の頭を撫でてくれた。

 幼いころ、泣いてばかりいた私を撫でてくれたときと、同じ表情。

 どうしようもなく懐かしくなって、でも気恥ずかしくて、私は父から視線を外した。



「それにしても、実家を離れる前にもっと情報を仕入れておくべきだったな。無知は罪というが、知らないことがこれほどネックになるとは思わなかった」


「でも、おかげで引っ越さなくてすんだ」


「……そんなにいい友だちが出来たのか」



 そう言った父の声には、濃い喜びの色。

 私の境遇に一番思い悩んでいるのは母だと思っていたが、もしかしたら父の方がよほど苦悩を抱えていたのかもしれない。

 そんなことを思いながら、私はぼんやりと夕日に染まる空を見上げた。





「かすみん、今日の放課後空いてる?」



 授業が終わり、帰り支度をしていたら、宝生さんに話しかけられた。

 今日は……というか、大体いつも予定はない。

 その事実に打ちひしがれつつ「空いてるよ」と答える。



「じゃあさ、うちに遊びにこない?」


「宝生さんの家?でもご迷惑じゃ……」


「全然!」



 ぱっと笑う宝生さんの笑顔がまぶしい。

 いつの間にか手を握られ、引かれるまま歩きはじめる。



「今日急に部活なくなってさぁ、チャンス!って思ったんだよねぇ」


「チャンスって……」



 思わず笑ってしまう。

 宝生さんはくすくす笑う私を見て、目を細めた。



「かすみん、いつもそんな風に笑ってたらいいのに」


「えぇ?」


「かわいさが際立つ」


「なにそれ」



 真面目な顔をして言うから、余計に笑えてきてしまった。

 そのままずんずん歩いていく宝生さんに引っ張られていると、ふいに誰かに肩をつかまれた。


 驚いて振り向くと、肩で息をしている雪成が怖い顔をして立っていた。



「ちょ、何?」



 掴まれた手を振りほどいて問いかける。

 宝生さんも不思議そうな顔をして、雪成を見ていた。



「山倉くん?何、知り合い?」


「えっと……中学同じで」


「そうなんだぁ」


「……お前は?」



 いつもの調子でゆったりと話す宝生さんに、雪成が低い声で問う。



「何無理やり引っ張ってんの?」


「は?」


「お前も!抵抗ぐらいしろよ」



 敵意むき出しの雪成に、宝生さんは口を開けたままぽかんとしている。

 下校時間だから、周囲の注目も痛い。


 よくわからないけど、雪成は私が無理に宝生さんにどこかへ連れていかれているところだと誤解しているらしい。

 私はそう察して、慌てて否定する。



「違う、無理やりとかじゃなくて!これからお家に遊びに行くだけ」


「は?家?家連れてってなにすんだよ」


「あぁ……はは、すっごい警戒されてるー」



 宝生さんは背が低い方だから、雪成とは結構な体格差がある。

 そこまですごまれたら恐怖でも感じそうなものだけど、宝生さんは普段通り柔らかい雰囲気のままだ。



「山倉くん、かすみんが心配なんだねぇ。仲良しなの?」


「え!いや、そんなわけじゃ……」


「仲良しだけど?」


「ちょちょちょ、勝手なこと言わないでってば!」


「私もかすみんと仲良しなんだ。いっしょだね」


「いっしょって……は?ほんとに?」



 勢い任せにとんでもないことを言ってる雪成に、思わずうなだれる。

 雪成は少し考えてから、顔を青くした。



「え、まじで友だち?いじめとかじゃなくて?普通に遊ぶだけ?」


「そうだよ。心配ならいっしょに来る?」


「え……っと、行く」


「じゃあみんなで行こ~」



 おー!と宝生さんが元気に片手をあげる。

 つながれたままの手を引かれて歩きはじめると、雪成はばつの悪そうな顔をしてついてきた。



「……友だちできたなら、言っとけよ」



 ぽつりと呟いた声は小さく、私への苦情なのかひとり言なのかよくわからなかった。

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