41 説得
「待ってください!不安に思う気持ちはわかりますが、私たちは……」
「悪いが、信用できない」
凪さんの言葉をさえぎって、父が言う。
見上げた父の眼差しは、どこまでも冷たかった。
「まぁ、仕方ないよね」
そう言ったのは、恭太さんだった。
凪さんはそんな恭太さんに向かって何か言いたげに口を開いたけれど、そのままぐっと押し黙った。
「でもさ、本当にいいの?」
「……何がだ?」
恭太さんの問いかけに、父が低い声で返す。
恭太さんは涼しい顔をしたまま、左手の指輪をかざした。
「今、伯父さんがその子の石を見繕ってる」
「石くらい、俺が用意するから問題ない」
「本当に?あなたに用意できるのかな?」
含みのある言い方に、父が眉をあげる。
恭太さんの言葉の意図を図りかねているのだろう。
「あなたの石は、誰が選んだの?」
「……両親だ」
「石の選び方は、そのとき教わったの?」
「選び方?」
「そう。まさか、自分と同じものを与えればいいとか思ってないよね?」
恭太さんは厭味ったらしく笑う。
父の頬がかあっと赤くなったので、図星をつかれたのかもしれない。
父は眉間にしわを寄せ、恭太さんの言葉の続きを待っている。
「石はなんでもいいわけじゃない。相性のいいものを選ばないと、うまく機能しないんだよ。そんな基本的なことすら知らないのに、どうやって石を用意してあげるの?」
「……手当たり次第に試せば……」
「石の種類がどれだけあると思ってるの?」
見事なまでの正論に、父は小さくうなり声をあげて黙り込んだ。
恭太さんはそんな父の様子を楽し気に眺めている。
「あなたの信頼とかそんなのはどうでもいいけど、最善を見誤って困るのはあなたじゃなくてその子だよ。それでもいいっていうなら構わないけど」
恭太さんの視線は、いつの間にか私に向けられていた。
黙って成り行きを見届けようとしていた私を責めるようなまなざしに、胸がチクリと痛む。
これは、誰のものでもない私の問題。
私のこれからの人生を大きく左右することなのだから、自分で決めろと言われているようだった。
「お父さん……私は、逃げたくない」
「かすみっ……!」
「本当に悠哉さんや恭太さんがおじいちゃんたちの味方だったら、もっと早くに行動を起こしていたんじゃない?でも今まで一度だって、私は危害を加えられたことはないよ。それだけじゃ、信用する理由にはならない?」
「猫をかぶっている可能性もある。油断させたところを……」
「そうする理由は?連れ去って監禁するんだったら、そんな回りくどいことするわけないよ」
私の言葉に、父は瞳を揺らした。
父の心に迷いが生じたのだと察して、私はさらに続ける。
「私、今が一番楽しいの。これから仲良くなっていきたい人にも出会えたし、このまま逃げるようにどこかへ行きたくなんてない」
「だが、もしものことがあったら……」
「じゃあ、引越し先にも一族にかかわりのある人がいたら?そしたらまた逃げるの?お母さんやほのかも巻き込んで?」
「……いや、でも……」
ぐっと父が唇を噛む。
父の中では、どうしても譲れないところなのだろう。
「お願い、お父さん……!」
まっすぐに父を見つめて言う。
父はしばらく困ったような顔をしてあれこれ考えを巡らせているようだった。
固まったままの父に追い打ちをかけるように、恭太さんが「腰抜け」と吐き捨てる。
とっさに凪さんが注意していたが、本人は意に介していない様子だった。
父は恭太さんを軽くにらんでから、長いため息をつく。
そして悲しそうに笑って「仕方ないな」と小さく呟いた。




