40 決意
神の子の条件は、常時もやが出ていること。
つまり、すべての感情がもやの引き金となるタイプの子どもを指すという。
「神の子が生まれるのは、100年から200年に一度程度だそうだ。希少な存在だからこそ、取りこぼしのないよう一族は躍起になっている。かすみの存在が知られれば、どんな手を使ってでも屋敷のあの部屋に閉じ込めようとするだろう」
まるで漫画や映画みたいな話なのに、父の震える声が痛いほど現実であることを表していた。
薄暗い座敷牢の中で一生を終える。
想像するだけで、ぞっとする思いだった。
「……それを、僕らに話してよかったの?」
訊ねたのは恭太さんだった。
「僕も姉さんも、一応一族の人間だよ。僕らが本家に告げ口をするとは思わなかったの?」
「……思ったさ」
「なのに話したの?迂闊過ぎない?」
「……お前が煽ったんだろ!」
父は声を荒げたが、すぐに落ち着こうと深呼吸を始めた。
そこでようやく、父の足元に薄いもやが広がっていることに気付いた。
ここまで声を荒げているのに、滲み出るもやの量は極端に少ない。
それは父のコントロールがうまいのか、それともそもそも量自体が少ないのかどちらなのかはわからない。
淡い緑色のそれは、父の足元に徐々に吸い込まれていく。
もしかしたら、そこに父の石があるのかもしれない。
思い返せば、父はいつでも長ズボンを履いていた。
短パンは苦手なんだと話していたけど、もしかしたら石を隠すための口実だったのかもしれないと気づいた。
クラスの子が、父親がパンツ一丁で部屋をうろつくのが嫌だなんていう愚痴を言っているのを小耳にはさんで、うちの父はそんな人じゃなくて良かったとか、呑気に思っていたのに。
「どちらにせよ、かすみの存在がお前たちに知られたからには、もうこの街にはいられないと思っていた。家族を連れて、どこか遠い場所に逃げるつもりだ」
「え、それって、引越しってこと?」
「安全を確保することが第一だ。だからこの病院へくるのも、今日が最後になる」
「そんな勝手に……」
「わかってくれ」
父の決意は固いらしく、はっきりとした口調で言い放つ。
もしかしたら、この数日ですでに行動を開始しているのかもしれない。
不意に、雪成と宝生さんの顔が浮かぶ。
こんな私に偏見なく接してくれる人が、どれだけ貴重な存在か、父はわかっているのだろうか。
それに、私の事情で母やほのかまで今の生活を失うことになるなんて、許されることじゃない。
言いたいことは山ほどあるのに、どうしてだか言葉にできなかった。
私に向ける父の眼差しが、あまりに悲しそうだったから。
「……ごめんなさい……」
こぼれたのは、糾弾ではなく謝罪の言葉だった。
私がこんな風に生まれたせいで、父は今までどれだけ苦しんできたのだろう。
そう思うと、どうしようもない罪悪感に襲われる。
それなのに、私さっき今まで父を身勝手な人だと思いこみ、軽蔑さえしていた。
何もかも捨ててでも、家族を守ろうとしてくれる人だったのに。
父はそっと私を抱きしめた。
父の肩は小さく震えていて、それが無性に切なかった。
「お前は何も悪くない。謝る必要なんてまったくない。……今まで、何も教えてやれなくて悪かった」
見て見ぬふりを続けてきた父は、今までどんな気持ちだったのだろう。
そう思うと、普通に生まれてくることのできなかった自分が、とことん恨めしくなってしまった。




