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4 謝罪

 木陰でぼうっとしてしばらく待っていると、小春さんが戻ってきた。

 どうやら一人らしい。

 診察の順番が来たのかと思い、立ち上がってスカートのお尻の部分を軽くはたく。



「今から診察ですか?」



 小春さんに問いかけると、彼女は困ったように笑って、首を横に振った。



「ううん、そっちはまだ。いつも長く待たせちゃってごめんね」


「あ、いえ……」



 本当に長い、とはさすがに言えなかった。

 病院の待ち時間は長いものなのだ。

 大学病院ならなおさら。

 それは仕方ないことなのだと、幼いころから通い続けているからこそ理解できている。



「彼女が戻ってきたから、話を聞こうと思って。今別室に待たせているの。いっしょに来てくれる?」



 私は頷くと、小春さんのあとをついて歩く。

 案内されたのは、会議室のような場所だった。

 長年大学病院に通ってはいたけど、診察室や病室以外の場所に入るのは初めてで、少し緊張する。


 机がいくつも並んでいる広い部屋の隅の方に、先程の看護師が申し訳なさそうに立っていた。

 さっきの怖い顔とは打って変わり、叱られた子どものような顔をしている。


 彼女は私を視界にとらえると、机に頭をぶつけるんじゃないかという勢いで頭を深く下げた。



「先程は、大変申し訳ありませんでした!」



 叫ぶような謝罪に圧倒され「……はい」と返すことしかできなかった。

 それでも、彼女の肩がわずかに震えているのが見えた。

 本当に申し訳ないと思ってくれているのがわかって、少しほっとする。



「ご迷惑をおかけしたのは事実なので……大丈夫です」



 そう答えると、彼女はぶんぶんと首を勢いよく振る。

 ポタッと水滴が落ちる音がした。

 泣いているのだろうか。

 そう思うと、さっきまでの怒りや悲しみがじわりと解けていくような気がした。



「あの……顔を上げてください。もう十分ですから」



 私の言葉に、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 さっきは恐怖心からよく見えていなかったが、ずいぶんと幼い顔立ちをしている。

 同じ制服を着て、同級生だと言われれば信じてしまいそうだ。

 それでも看護師として働いていることを踏まえると、結構年上なのだろう。


 頬に流れる涙を服の袖でゴシゴシと乱暴に擦る彼女に、小春さんが「こらっ」と短く注意する。

 よく見ると、袖口にうっすらファンデーションがついている。

 彼女ははっとして「すみませんっ」と袖口を隠すように手で覆った。


 怖い人なのかと思っていたけど、ずいぶんかわいい人なのかもしれない。

 すっかり毒気を抜かれた気分になりながら、本題を切り出す。



「あの、小春さんに聞いたのですが、弟さんはできるって……」



 私の問いかけに、彼女はこくりと頷いた。



「はい。弟はもやが出てもすぐに消せたので、みんなそうだと思っていて……本当にすみません」


「謝罪はもう大丈夫です。それより、弟さんって本当に私みたいにもやが出ていて、自由に消すことができるんですか?」


「え?ええ……」



 私の勢いに戸惑いながらも肯定する彼女は、とても嘘を言っているようには見えなかった。

 小春さんを振り返ると、彼女も驚きつつも期待をにじませる瞳で彼女を見つめていた。



「どうされたんですか?私、そんなに変なこと……」



 戸惑う彼女の肩を、小春さんががしっと掴んだ。



「かすみちゃんは、ずっともやが出る病気に苦しんでいたの!解決の糸口がこんなに身近にあったなんて……すぐに先生にも伝えなくちゃ!このあとの診察、あなたにも同席してもらうわよ」


「えっ?えっと……それはいいですけど……え?病気?」



 彼女はちらりと私を見て、首を傾げた。

 そして「具合が悪いんですか?」と訊ねる。



「具合は……悪くないですけど」


「ですよね?」


「でもほら、もやがこんなに出て……」



 どこかかみ合わない話に戸惑っていると、彼女は首を傾げたまま答えた。



「でももやって……ただの体質ですよね?」

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