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39 神の子

「あのとき両親が拝んでたのは、白い箱だった」


「箱?」


「そう。お前もドラマとかで見たことあるだろう?骨壺を入れるあの箱だよ」



 それを見た父は、祖父母は先祖の供養のために祈っているのだと思ったそうだ。

 でも立派な仏壇が別室にあるのを知っていたから、違和感を覚えた。



「……でも……」


「でも?」


「違った。あそこは、ただ死者を悼む場所なんかじゃなかった」



 吐き捨てるように父が言う。



「薄暗い部屋の奥には、座敷牢があった。骨の主は、その座敷牢の住人だったんだ」



 父がすべてを知ったのは、高校の卒業式の日だったという。

 こっそり忍び込んだあの秘密の部屋に、祖父母は初めて父を招き入れた。



「座敷牢を指さしながら、親父は言った。あれは神の子の住まう神域だと。神域にしては湿っぽいし、薄暗くて、お世辞にもきれいとは言えなかったが」



 神の子?

 父の話の意味がわからず、戸惑いばかりが募る。


 父は座敷牢の住人の骨を、両親が拝んでいたといった。

 つまり、信仰の対象だということだろう。

 その対象が死んだから、信仰の対象が遺骨になったということなのだろうか?

 そうだとしても、死してなお神の子として敬うくせに、生前の扱いは粗雑だったというのは矛盾している気がする。



「うちの一族には、時折神の子が生まれるという伝承があるんだ。神の子を一族で祀り、よそ者に穢されぬよう秘匿することで、一族の繁栄を招くことができるのだと」


「……だから、その神の子を座敷牢に閉じ込めていたと?」


「ああ。馬鹿げた風習だろう?」



 父の突拍子もない話に戸惑っているのか、先生は苦笑いで返した。

 父は自虐じみた笑みを浮かべて続ける。



「だが本家筋の人間のほとんどが、その伝承を信じ込んでいた。特に年寄り連中は、次代の誕生を心待ちにしていた。だから一族に子どもが生まれると、すぐに調査が行われるんだ。その赤子が、神の子であるかどうかのな」


「それは……簡単にわかるものなのですか?」


「生まれたてでは難しいだろうが、1歳にもなるころには判別がつく」



 そう言って、父は私をじっと見つめた。

 なんだか無性に嫌な予感がして、気づくと私は凪さんの服の裾をぎゅっと掴んでいた。



「家の異常さに気付いてから、俺は徐々に実家と距離をとることにした。それはそうだろ?人間を神だなんだと抜かして、一生檻の中に閉じ込めるようなやつらなんだと思ったら、血がつながっていること自体おぞましくなった。幸い大学は県外を選んでいたし、学生生活を理由に帰省すらほとんどしないでいたら、自然と疎遠になることができた」



 そうしてそのまま就職し、実家には戻らなかった。

 跡取り息子だからと戻ってくるよう何度も説得されたが、こっちで経験を積んでから家業を継ぎたいと言えば渋々納得してもらえたそうだ。

 もちろん、地元に戻るつもりは一切なかったらしいが。


 そして、次の転機が訪れる。

 友人の紹介で知り合った母と出会った父は、数年の交際期間を経て結婚を意識するようになった。



「母さんにプロポーズをしようと思ったとき、実家の座敷牢が脳裏をよぎった。あんな異常な家に、母さんを連れてはいけない。そう思った俺は、結婚を申し込む前に実家と縁を切ることを決めた」



 分籍届を提出し、祖父母の戸籍から離れた父は、戸籍と住民票に閲覧制限をかけた。

 そして引越し先を告げることなく黙って家を引き払い、転職して会社の寮に入ったという。

 実家からの連絡手段を一切なくしたあと、念の為に一年様子を見てから父は母にプロポーズし、結婚へと至った。


 母方の祖父母は、両親と縁を切った父のことをよく思っていなかったが、母の熱心な説得で結婚への理解を示してくれたという。



「縁を切った理由は、母さんたちには虐待だと言ってある。変に暴走して、仲を取り持とうとされてはたまらないからな」



 何もそこまでしなくても、と思わないわけはなかったが、人を望んで監禁しようとする人が相手なのだと思えば、仕方のないことなのかもしれない。

 それでも、父自身は大事に、愛されて育ってきたはずだ。

 それなのにばっさりと縁を切ってしまったことを、父は後悔していないのだろうか?



「母さんと結婚してしばらくして、お前が生まれた。あの日の感動は、今でも昨日のことのように覚えている」



 そう言って目を細めた父は、いつもの優しい父そのものだった。

 しかしすぐに父は長く深いため息をついて、顔を両手で覆う。



「そうして同時に思ったよ。俺のしたことは、正しかったんだって」


「おとう……さん?」


「だってそうだろ?」



 私を見る父の顔は、笑っているのにどうしてだか泣いているように見えた。

 続く言葉の予想がついてしまって、背筋がひやりとする。

 震える声は父が紡ぐ言葉は、やっぱりーー。



「娘を神にしたい親が、どこにいるっていうんだ」



 当たり前のようにこぼれた言葉に、涙が頬を伝った。

 《《だから》》内緒にしてたんだ。

 さっきの恭太さんの言葉が、頭の片隅によみがえった。

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